保健室探偵と可哀想な人たち―さあ、アカツキをみにいこう?―

電磁幽体

序奏;キミに送るアナリーゼ

――なにもかも吐き出して楽になりたかった。



吐き気と頭痛。

唇を噛みしめ意識を保つ。

そうでもしないと耐えられない。


……とにかく、あそこを右に曲がって……。


歩くたびに廊下が揺れて、ぐわんぐわんと校舎が歪む。

頭がカチ割れそうで、たまらず耳の上を強く抑えた。

少しでも気を抜くと、右と左の区別すらつかなくなりそうで。


――だからだろうか。


まるで知らない世界に迷いこんだような気分だった。


きっと、めまいのせいだ。

壁に手をつけ、重くなった足を引きずる。

そうしているうちに、〈保健室〉のプレートが目についた。

どこか古びたスライドドア。

とっさに左手で引く。


――ガンッ!ガンッ!


扉はビクとも動かない。

鍵が閉まってるのかと勘違いしたが……逆に引いたら、すんなり開いてくれた。

そんな簡単なこともわからないぐらいヤバイ状態らしい。

もう、限界だ。

それでも。


「……とにかく、まずは……」


先生に話をしよう。

もう少しの辛抱だ。

きちんと事情を伝えてから、ふかふかのベッドめがけて倒れこむんだ。

だからおれは――


「……失礼します。熱中症にかかったみたいで――」


だからおれは、部屋の奥にあるベッドを見て、プツンと言葉が途切れてしまう。



――そこにいた少女と、目が合った。



ベッドの柵に小さな体を預けて、掛け布団の上に両手をチョコンと置いていた。

いっさい動じていないのか、瞬きひとつなく、おれをじっと見つめている。



……目を逸らせない。

逸らすことが、できない。

ハッと息を呑むほどの美しさ、なんて言葉を思いだす。


夢でも見ているかのような、神秘的な光景だった。

シミひとつない真っ白なベッドと、シワひとつない真っ黒なセーラー服。

白く透き通った肌と、肩の上でほころぶ黒髪。

くっきりした目と、大きな瞳。


そんな少女が、パチリと瞬きした。



桜色の唇が、小さく動く。




――それは、短い夢から覚める合図だった。


――?」




………………。


おれはぼう然としていた。

疑問符が頭を埋め尽くす。

なんで?

どうして?

どうやって?

初対面なのに?


恐れおののくおれを見て、少女の瞳に感情の色が宿る。



「――



……なにもかも、見透かされている。

言い表しようのない感情が、おれのなかで暴れ回った。

みっともなく大きな声をあげようとして――



――プツン、と。


現実の途切れる音がした。

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