第55話 騒乱の城下町

 城下町の中央広場には人だかりができていた。

 星空輝く夜空を覆い隠す暗雲、そして浮かび上がる魔法陣。異変に気づいた城下町の住民達が何事かと外へ出ていたのだ。


『愚民共よ、聞くがよい!』


 上空に浮かぶ巨大な魔法陣の中心から突如として現れたクレアの声が街中へと響き渡る。その光景を見た人々は一斉に足を止めて空を見上げた。それはソルド達も同じである。


『我が名は我が名はドラキュラ。日蝕の魔王に仕え、この腐りきった国を支配する者である』


 人々の視線が集まる中、クレアは宣言する。


『我ら魔族は長い年月をかけて貴様ら〝人類〟の内部に宿り期を待った。今こそ、復活された魔王様がこの地を支配するときだ』


 人々がざわめき始める。いきなり現れた不気味な存在が支配者になると口にしているのだから混乱しても仕方がないことではある。


『貴様らを生かすも殺すも我ら次第。家畜に身を落とすがいい』


 だからこそ、クレアは言葉だけではなく行動で示して見せた。


『我が眷属達、蹂躙せよ!』


 その瞬間、地上の至る所に黒い霧が発生しては集まり、異形の怪物の姿を形作っていく。それは瞬く間に数を増やしていき、あっという間に城下町へと溢れかえる。

 城下町に轟く異形の怪物の唸り声と、悲鳴や叫び声がこだました。

 恐怖に駆られた民衆は我先にと逃げ出し、パニックになり逃げ遅れた人の姿も見える。

 そんな彼らを狙って次々と異形の怪物が襲いかかる。


「近衛兵団は何をやっているんだ!」

「数が多すぎる!」

「こいつら倒しても無限に湧いてくるぞ!」


 逃げ惑う人々の前に出て怪物達と対峙する者達がいた。城下町へ配属されていた獣人兵団である。


『獣人達よ! 何故、人間を守る? 人間はお前達を蔑み、道具のように扱ってきた。そんな者達の命に価値などあるのか!』

「惑わされるな! 奴は我らに揺さぶりをかけてきているだけだ!」


 獣人兵団の隊長格である虎の獣人が部下達に呼びかけるが、その効果は薄い。

 日頃から人間に虐げられてきた獣人達にとって、自分達を苦しめている人間が守るべき対象だとわかっていても納得できるはずがないのだ。


「そうだよ。どうして俺達がこんなのを守らなきゃいけないんだ」

「命を懸けて守ってもどうせ感謝なんてされやしない」

「どうせ自分達は守られて当然と思ってるんだ」


 戦意の喪失は獣人兵団へ病のように伝播していく。それは日常的に溜まっていた人間への不満が溢れた結果だった。


「何を止まっているの! 早く私を守りなさい!」

「獣人は戦うしか能がないんだ! 今、戦わないでどうする!」

「俺達を守るためにお前らはここにいるんだろ!?」


 動きを鈍らせる獣人達へ今も逃げまどっている人間達の罵倒が飛ぶ。その行為こそが戦意を削いでいるとも気づかずに。


『人間は愚かな生き物だ』


 罵声を飛ばしていた人間達はクレアが放った血の斬撃によって肉体を切り刻まれる。それを防ぐ者はいなかった。


『味方にしておけば国の危機にも心置きなく守ってもらえたというのに、そんな日が来るはずがないと獣人を虐げ続けた。その結果がこれだ』


 眼下に広がる地獄絵図を眺め、クレアは心底愉快そうに高笑いをする。


『あっはははは! 見よ! 屈強な獣人達は皆、お前達を守ろうとしない。自業自得だ!』


 勝ち誇ったようなクレアの言葉に獣人兵団の動きが完全に止まる。

 彼らにはもう人間を守ろうとする意思は残っていなかったのだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る