第53話 気づいてしまった魔王の正体

 ソルドとルミナの支度を手伝ったあと、執務室に残ったレグルス大公は暗い表情を浮かべていた。


「レグルス大公、浮かない顔をしていますね」

「そう、見えるか」


 部屋の隅に控えていたクレアは、いつの間にかティーカップに紅茶を注ぐと、冷ましてからレグルス大公に差し出す。

 それを受け取ると、レグルス大公は一気に飲み干す。


「……ソルドとルミナ皇女殿下ならば今回の一件を収めてくれる予感はある。しかし、何度繰り返したところで同じなのではないかと思ってしまってな」


 レグルス大公は重いため息を吐いて、来客用のソファに身を沈めた。


「水漏れした箇所を都度塞ぐだけでは意味がない。根本的な解決ができない以上、いつか限界はくる」

「その根本を正すのがあなた仕事ではないのですか?」

「ぐうの音も出んな」


 厳しいクレアの言葉にレグルス大公は苦笑する。


「ワシは雄獅子の獣人として帝国の皇族の血を引いて生まれた。それはきっとこの帝国の現状を変えるためだと思っていた」


 レグルス大公は遠い目をしながら、ポツリと語り出す。

 かつて栄えた獣人の王国レグルス王国の血を引きながらも、ゾディアス帝国の血を引いて生まれた雄獅子の獣人。

 本来ならば、人間と交わり子をなしたことで血は薄まっていく一方のはずが先祖返りを起こして生まれたレグルス大公。それもただの獅子の獣人ではなく、稀に生まれてくる王たる才を秘めた雄獅子の獣人だ。

 自分の特殊な出自に幼い頃のレグルス大公が使命感を持つのは当然のことだった。


「だが、実際ワシには何もできなかった。ソルドがいなければとっくに冤罪で投獄された後に処刑されていただろう」

「そんなことは……」


 レグルス大公が獣人だけではなく国のために奔走していたことは、クレアもよく知っていた。


「すまぬ、弱音を吐いた。らしくないな」

「いえ、立て続けにこんな事件が起きてしまえば気が滅入るのも仕方のないことですよ」


 クレアは優しく微笑んで見せる。そんな彼女に救われた気分になりつつも、レグルス大公はクレアへと問いかける。


「ところで、クレア。一つ尋ねてもよいか」

「なんでしょう?」

「何故、日蝕の魔王についての文献を偽装して書庫に忍び込ませたのだ」

「っ!」


 クレアは一瞬だけ動揺の色を見せた。それをレグルス大公は見逃さない。


「クレアの集めてきた古い文献を見てすぐにわかった。紙の劣化こそ再現されておるが、そもそも文献に記載されていた時代には紙が今ほど主流ではなかった。そんな時代にいくつも劣化しやすい形で古い文献が残っているのはおかしい」

「……迂闊でしたね」

「責めるつもりはないのだ。ただ真意を知りたいと思ってな」


 クレアは観念したように肩をすくめた。それはまるで悪戯が見つかった子供のような仕草だった。


「いずれ日蝕の魔王が誕生した際に、説得力を持たせたかったのです。魔族という人間でも獣人でもない〝人類の敵〟が過去にもいたのだと」

「ソルドの言っていた〝原作〟での出来事か」


 クレアはこくりと首肯する。それは前世の記憶を思い出したソルドの話を聞いて思いついたことだった。


「だが、その日蝕の魔王とは――ワシのことであろう」

「気づいて、しまわれましたか」


 レグルス大公はずっと考えていた。

 転生した異世界の知識を持つソルドがいなかったら自分がどうなっていたのか。


「おそらく本来の歴史のワシは人間に絶望し、力で帝国を支配しようとしたのだろう」


 獣人だからと冤罪で投獄され、罪もない獣人達が焼き払われるのを救えない。想像した未来で自分が魔王として人間を支配しようとすることに何の違和感もなかった。


「我ながら愚かなことだ。魔王として君臨したところで、人間、獣人に限らず多くの民を不幸にしてしまうだけだというのに」


 自嘲気味に笑うレグルス大公だったが、顔を上げてクレアを真っ直ぐに見据えて告げる。


「安心しろ、クレア。ワシは魔王にはならん。故に日食の魔王は誕生せぬ」


 未来は変えられる。何度裏切られようともレグルス大公は、人間と獣人が手を取り合って過ごせる明るい未来を信じることにしたのだ。


「ええ、安心しました」


 その言葉を聞いたクレアは、心の底から安堵の笑みを浮かべてレグルス大公の元へと歩み寄る。


「これで心置きなく魔の道を進むことができます」


 そして、レグルス大公の首筋へと噛み付いた。


「あ、がっ……クレア、お前は……!」

「ご無礼をお許しくださいませ」


 血を吸われ、完全に脱力したレグルス大公を眺めると、クレアは振り返ることなく扉の外に向かって声をかける。


「ライカン、いるのでしょう。入りなさい」

「はっ、ここに」


 音もなく部屋に入ってきたのは、狼の獣人だった。

 トリスの部隊所属のライカン・スロット。エリーン遺跡で調査団を護衛していたはずの彼は、ルミナ達が蝕みの宝珠を見つけるのと同時に部隊を離脱して帝国城へと忍び込んできていたのだ。


「報告ご苦労様でした。おかげで蝕みの宝珠を手に入れることができました」

「自分は任務を真っ当しただけにございます」

「あとは蝕みの宝珠に触れて力を得るだけですが……本当にいいのですね? これに触れるということは私と共に地獄へ赴くことと同義ですよ」

「覚悟はとうにできております」


 ライカンの覚悟を確認すると、クレアは嘆息しながら蝕みの宝珠をライカンへと手渡した。すると、蝕みの宝珠から金色の光がライカンへ流れ込み、彼の肉体を内側から変質させていく。


「これが、蝕みの宝珠の力……!」


 身体の底から溢れ出る力に、ライカンは歓喜に打ち震えた。


「魔王軍の立ち上げですが、私と違って名は変えた方がいいでしょう」

「承知。これからはベオウルフと名乗らせていただきます」


 ライカン改め、ベオウルフは頭を下げた。


「うふふ、それでは手始めにこの帝国城を乗っ取るところから始めましょうか」


 妖艶な笑みを浮かべると、今までクレアと名乗っていた吸血鬼ドラキュラは動き出した。

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