第39話 獣人にとっての王
「はっはっは、仲が良いんだな!」
「見せつけちゃってくれまスねー」
そんな二人の様子を、熊店主とトリスは微笑まし気に眺めていたのだった。
「すまない、肉串を二本くれ」
「まいど!」
肉串に夢中になっているルミナを横目にソルドは財布を取り出し、自分とトリスの分の肉串を購入する。
チップも込みの料金を払うと、熊店主は驚いたように目を見開いた。
「騎士の兄ちゃんは……人間、だよな?」
「じゃなきゃ騎士なんてやってないよ」
「そりゃそうだ。あんた、変わってるなぁ」
人間は獣人相手に舐めた態度を取ることが多い。中には獣人が人間に手を出せないのをいいことに代金を踏み倒してくる者もいるほどだ。
熊店主がソルドと共にいるルミナに声をかけたのも、鎧からして騎士という立場にあり、獣人兵であるトリスも共にいるため無茶をしないと踏んでのことだった。
「チップをもらうのは初めてだったか」
「人間からはな」
ソルドの問いに対し、熊店主は肩を竦めた。
「しっかし、騎士様がこの街に来るなんて珍しいな。事件でもあったのか?」
本来、人間である騎士が獣人街に理由もなくやってくることはない。
獣人街は犯罪を犯した人間の隠れ蓑としも都合が良い。そのため、城下町で指名手配されていたものが獣人街にいるというのはよくある話である。
騎士が来るときはそういった犯罪者を追って来ることがほとんどなのである。
「別にそんなんじゃない。俺は昔レグルス大公に拾われた縁があって獣人街の方が馴染みがあるだけだ」
「ほぉ! あの獣王様に拾われたのか!」
「獣王様?」
聞き慣れない単語に反応したのはルミナだった。口の端についたタレを舌で拭いながら、不思議そうに首を傾げている姿には皇族の威厳が欠片もない。
「おっちゃ――レグルス大公のことだ。雄獅子の獣人は獣人の王族の血を引いている者から稀に生まれてくる伝説の存在だからな」
「それだけじゃねぇさ。獣王様は俺達獣人のため、日々理不尽な待遇にも耐えてこの国を変えようとしているお方だ。俺達獣人にとっちゃ彼こそ王なんだよ」
熱が入ったように語りだした熊店主に眉を顰めると、ソルドは語気を強めて忠告する。
「おい、思うのは自由だが、それは外で口にしない方がいい。帝国への反逆とみなされるぞ」
「おっと、いけねぇ。騎士の兄ちゃん、今のは内緒で頼むな」
ハッとした様子で、両手で自分の口を塞ぐクマ店主にソルドはため息をつく。見た目に似合わず可愛らしい仕草をするものである。
「もちろんだ。それに気持ちは理解できる」
獣人達は人間に対する不満が溜まっている。そこを人間の騎士に諫められるのは良い気はしない者も多い。
「ははっ、人間みんな兄ちゃんみたいな奴だったらいいのにな!」
しかし、熊店主は気にしていないようで、むしろ嬉しそうな表情を浮かべていた。
「褒め言葉として受け取っておくよ」
ソルドは苦笑すると、熊店主に別れを告げて歩き出した。
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