第38話 獣人街
離れた場所に馬車を停め、獣人街に足を踏み入れたルミナは目を輝かせる。
「ここが獣人街……!」
右を見ても獣人、左を見ても獣人。人混み全てが獣人で形成されている様は城内で暮らしてきたルミナにとっては新鮮な光景だった。
建ち並ぶ屋台から飛び交う活気ある声。行き交う獣人達は人間よりも体格が良く、ルミナの低い身長ではすぐに埋もれて見えなくなってしまうだろう。
「ニャルミ、離れるなよ」
「わーい!」
「離れるなって言ってんだろ」
「ぐえっ」
騎士というより完全に保護者のソルドは、興奮を抑えきれず駆け出そうとするルミナの首根っこを掴む。首が締まり、蛙が潰れたような声が口から漏れる。
「先輩容赦ないッスね」
「遺跡での独断専行から学んだんだよ。こいつから目を離すと碌なことにならん」
「うっ……」
ソルドの言葉に、ルミナは反論できずに押し黙る。
「次ぎやったらマジで首輪付けるぞ」
「打ち首ィ……」
ソルドの本気を感じ取ったルミナは項垂れる。先程までの元気はどこへ行ったのか、文字通り借りて来た猫のように大人しくなった。
「とりあえず手でも繋いでおいた方がいいんじゃないスか?」
「わたくしは迷子ではないのですが」
「迷子五秒前の奴が言っても説得力ないな……ほれ」
ソルドの言葉に、むっと頬を膨らませるルミナであったが、ソルドの手が伸びてくると、おずおずとその手を握り返した。
「よ、宜しくお願いいたします」
初めて触れる男性の手の感触にルミナは顔を赤く染めながら小さく呟く。その様子は猫耳ウィッグを被っていることもあり、まるで小動物のような愛らしさがあった。
「役得ッスね先輩」
「……うるせ」
二人のやり取りを横目に見つめるトリスはニヤリと笑い、ソルドは恥ずかしそうに視線を外す。
ソルドはルミナと繋いだ手に少しだけ力を込めた。
「さあ、屋台を見て回りますよ!」
「はいはい……」
結局、ルミナの圧に押し切られたソルドは彼女の歩幅に合わせて歩き出す。
すると、屋台の方から声がかかった。
「おう、そこの猫の嬢ちゃん! 肉串買っていかないか!?」
「うわぁ! おいしそうですね!」
「ははっ、涎が出てるぜ!」
熊の獣人である店主は豪快に笑うと、串焼きを差し出してくる。
「猫の嬢ちゃんは可愛いからサービスだ」
「いいんですか!?」
熊店主から受け取った肉串に、ルミナは躊躇なく齧りつこうとして止まる。
「はい、ソルド」
そして、隣にいるソルドの口元へと肉串を差し出してきた。
「ああ、そういうことか」
ルミナは普段、毒味が終わった食べ物を口にしている。屋台で買った物を口にするのは抵抗があるのだろうと判断したソルドは躊躇いなくルミナの差し出した肉串を食べた。
「うん、うまいな」
「むぅ……」
満足げに咀嚼するソルドに対し、ルミナは不満そうに頬を膨らませていた。ルミナとしては自分ばかりがソルドに動揺させられているようで面白くなかったのだ。
手を握るときの仕返しが失敗したルミナはヤケクソ気味に肉串へと齧りついた。
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