第17話 打ち首ィ!
正式に辞令が下ったこともあり、ソルドは本日より皇女殿下付きの騎士となった。
「近衛騎士ソルド・ガラツ。拝命により参上いたしました」
「入りなさい」
挨拶をしながらルミナの私室の扉を控えめに叩くと、すぐに返事があった。自分を迎える準備は万端だと判断したソルドは静かに扉を開ける。
「失礼いたします」
入室すると、そこには笑顔を浮かべたルミナが立っていた。
「よく来てくれました。近衛騎士ソルド・ガラツ」
「はっ」
ソルドは跪くと、予め考えていた口上を述べる。
「改めまして、近衛騎士団所属ソルド・ガラツと申します。大変光栄にもこの度、ルミナ皇女殿下の護衛を務めさせていただくことになりました。我が命にかけてもあなた様の剣として、常に御身を守り抜くことを誓います」
ふざけんなこの野郎、誰が誓うか!
そんな内心を押し殺してソルドは頭を垂れる。
「あなたの働きに期待しています」
「ハッ……!」
どうせわからないだろうと、こっそり小バカにしたような態度でソルドは返事をした。不敬極まりない男である。
「いきなりのことで戸惑っているかと思いますが、わたくしはこの国を変えていきたいと思っております」
「ふっ……」
もはやソルドはルミナの話など聞いておらず、どこまでバレずにふざけられるかという遊びに夢中になっていた。
ソルドの見立てでは、ルミナは優しいのではなく世間を知らない甘ちゃんである。多少ふざけたところで理不尽に罰したりはしないと踏んでいたのだ。
要するに、ソルドはルミナのことを舐め腐っていた。
「先日のアルデバラン侯爵の事件ではあなたが高い教養を持ち、獣人への偏見を持たない人間だということもよくわかりました」
「へっ!」
「強さに関してもわたくしの護衛を務めるのには十分すぎるほどです」
「ほっ!」
「そして何より、不正を許さない正義の心。それはわたくしが望む帝国の未来には必要不可欠なものなのです」
「ハハッ!」
「そのためにもあなたの力が必要――待ってください、何ですか今のは」
「やっべ、バレた」
不自然なほどに甲高い声で返事をされたため、さすがのルミナもツッコミを入れざるを得なかった。いくらなんでも前世において人気だったキャラクターのモノマネはふざけすぎである。
「ソルド。もしかしてあなはわたくしの騎士になることに不満を持っているのですか?」
「滅相もございません! この身は皇女殿下の剣にございます。剣が主に振るわれて不満を持つことなどございましょうか!」
どこまでも薄っぺらく芝居がかった口調でソルドは答える。
「……ここでの発言は一切不問とします。本音を言いなさい」
ルミナは小さく嘆息すると、ソルドの発言を咎めないと明言した。
「シンプルふざけんなって感じだわ。近衛騎士で楽しくやってたのに、いきなり世間知らずの箱入り娘の御守とか不満しかないっての」
「えっ」
歯に衣着せぬどころか、そのまま噛みついてきたソルドの言葉に、思わずルミナは固まった。
「あと、いきなりアルデバラン侯爵の公務引き継ぐとかバカじゃねぇの?」
先程までの礼儀正しさはどこへやら。ソルドは尊大な態度でルミナを見下すと、不敬極まりない暴論をぶつけていく。
「政治のせの字も知らない小娘に何ができるって話だよ。実地できちんと学んだのならともかく、あんた碌に外にも出たことないんだろ? あんたが引き継いだところで、おっちゃんの仕事増やすだけだっての」
ルミナはというと、ソルドのあまりの豹変ぶりに思考停止に陥っていた。
「まだ皇族としてしっかりしてる方なら俺だって頑張って仕えようって思えたけど、あんたはないわ。どうせ部屋に引き籠ってお勉強だけしてたんだろ? こんなのが主とかマジでない。というわけで、早く俺を近衛騎士団に戻してくれ」
ソルドは言いたいことを言ってスッキリした表情を浮かべていた。
「言いたいことはわかりました」
思考停止から立ち直ったルミナは笑顔を浮かべると、ソルドに対して告げる。
「打ち首ィ!」
「不問にするって言ったじゃん! 皇女殿下の嘘つき!」
「さすがに不敬すぎます! もう後半はただの悪口じゃないですか!」
「一切不問にするって言質はとったから本音を言っただけだっての!」
それからしばらく皇女と近衛騎士とは思えないほど幼稚な口論を続けていたが、これ以上は不毛なやり取りだと気づき、互いに黙り込んだ。
「それで、俺のことはクビにしてくれるんのか?」
「えっ、打ち首?」
「いや、護衛任務の方」
冷静に訂正すると、ソルドは面倒くさそうに頭を掻く。
「さっきも言ったけど、俺はあんたの騎士になんてなりたかない。さっさと元の所属に戻してくれ」
また自由時間におっちゃんのとこ行きたいし。
心の中で独り言ちると、ルミナを見つめて返事を待つ。
「ぜぇったい嫌です♪」
ルミナはとびきりの笑顔を浮かべてソルドの頼みを一蹴した。
「あー、何か首のところが痛くなってきましたねー。まるで突きつけられた剣で皮が切れてしまったみたいですー」
「ぐっ……地下用水路のことまで根に持ってんのかよ」
首に手を当ててわざとらしく痛がるルミナを見て、ソルドは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「はて何のことでしょうか。それよりも騎士様がわたくしの護衛をしてくださらないと首の傷口が開いてしまいそうですー」
「ははーん。さてはこの皇女、俺を脅す気だな」
あの場においてはルミナが不審者だったため、騎士であるソルドが剣を向けたのは正しい判断ではあっただろう。
しかし、ソルドがルミナに剣を向けたという事実は変わらない。
綺麗ごとを宣うだけの甘ちゃんかと思いきや、意外と汚い手も使ってくる。
ソルドは厄介な人物に絡まれたと深いため息をついた。
「てか、何で俺なんだよ。他にも優秀で忠誠心の高い騎士はいただろ」
「さっき理由は話したじゃないですか」
「ごめん、何も聞いてなかった」
「打ち首ィ!」
こうして世間知らずの皇女と忠誠心の欠片もない騎士の主従が誕生したのであった。
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