第4話 人格者アルデバラン侯爵
扉が開いた瞬間、レグルス大公は漂ってきた香水の匂いに顔を顰めるも、それは一瞬のこと。すぐに穏やかな笑顔を浮かべた。
「お時間をいただき感謝しますぞ、レグルス大公」
「いえ、アルデバラン殿には世話になっております故、時間ならばいくらでも作りましょう」
レグルス大公は立ち上がり、初老の男性アルデバラン侯爵に感謝の意を示す。
獣人の立場を回復するための法案を通すため、アルデバラン侯爵には何かと便宜を図ってもらっているのだ。レグルスにとって彼は恩人とも言える存在なのだ。
「人間も獣人も同じ〝人類〟ですぞ。私は国民にそのことを理解してもらうために動いているだけにすぎませぬ」
そう言ってアルデバラン侯爵は呵々と豪快に笑う。
「それに他の官僚の執務室は眩しくてかなわん。この部屋は無駄に煌びやかさがないので落ち着くというものですぞ。獣人云々関係なしに何度だって来たくなるものだ」
「ははっ、そう言っていただけると、地味な調度品で揃えた甲斐があるというものです」
灰色の髪には白いものが混じり始めているが、その眼光は鋭く、まだまだ現役といった様子だ。
そんなアルデバラン侯爵が味方であることをレグルスは心強く思っていた。
「おや、ソルド君もいたのかい」
「はっ、本日もレグルス大公に私奴の趣味にお付き合いいただいていたところであります」
「慕われておりますなレグルス大公」
「いやはや、困ってしまいますな」
いや、本当にな。
心の中で独り言ちると、レグルス大公は笑顔を浮かべたままアルデバラン侯爵の後ろに立っている若い官僚へと視線を向けた。
「そちらの方がエリダヌス補佐官ですかな?」
「ああ、紹介が遅れて申し訳ない。エリダヌス補佐官、こちら獣人官僚のレグルス大公だ」
「お初にお目にかかりますレグルス大公。私はティエタ・エリダヌスと申します。微力ながら獣人の立場向上のため、お力添えができればと考えております」
エリダヌス補佐官は仰々しく頭を下げて挨拶をした。
その瞳には強い正義の炎が宿っており、レグルス大公もひとまずは信用するに足りる人間だと判断した。
「貴殿のような若い官僚が、獣人の立場向上に貢献してくれるというのは心強い限りだ」
「光栄でございます。獣人でも社会進出ができる、そんな世の中にできるようにしていきましょう!」
握手のため右手を差し出してきたエリダヌス補佐官の言葉にレグルス大公は、すっと目を細める。彼の言葉は立派だ。真剣な様子からも本気で言っていることは疑いようがない。
「そうか、では余も頑張らねばな」
どこか危うさを感じる。まだ汚い世界を深く知らない若い官僚にはありがちなことだ。
アルデバラン侯爵も付いているのならば、彼の正義感が暴走することもない。レグルス大公はそう結論付けて笑顔を浮かべてエリダヌス補佐官の握手に応じた。
「せっかくですし、二人共ソルドの作った菓子でも食べながら談笑しませぬか?」
レグルス大公はクレアがさりげなく用意していた椅子を指差して二人に勧める。
「ソルド君の菓子ですか。それは楽しみだ。ご相伴に預かりましょうぞ」
「菓子作りのできる騎士とは一体……」
最初は困惑していたエリダヌス補佐官だったが、アルデバラン侯爵が促すと戸惑いながらも席に着いた。
そして、二人共すっかり口にしたフォンダンショコラに魅せられ、上機嫌で執務室を去っていくのであった。
「それにしてもあのエリダヌス補佐官だっけ? 獣人のおっちゃんのとこに来るなら香水つけんのはマナー違反だろうに」
獣人の嗅覚は種によって異なるが、獅子の獣人であるレグルス大公の嗅覚はとりわけ鋭い。そんなレグルス大公にエリダヌス補佐官は香水の匂いを振りまいてきたのだ。不快に思って当然である。
「そう言ってやるな。彼は若い。獣人への理解もまだ浅いのだろう」
「それで獣人の立場向上とか抜かしてんのかよ」
「アルデバラン殿が傍についているのだ。その辺りはおいおい教育してくれるだろうよ」
レグルス大公は苦笑いを浮かべると、不満げな表情を浮かべているソルドを諫める。
「今は獣人を理解しようとする姿勢があるだけでもありがたい。そんな彼を菓子でもてなせたのだ、感謝するぞ」
「おう、もっと褒めてもいいんだよ」
「よーし、とっとと出ていけぇ」
先程まで無言で部屋の隅にいた大人しさはどこへやら。調子に乗り出したソルドをあしらうと、レグルス大公は再び机に向き合い、仕事に戻ろうとした。
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