第3話 原作未プレイ
「ま、俺は主人公じゃないし自由にやらせてもらうよ」
「頼むからもう少し当事者意識を持ってくれ転生者……」
原作未プレイのソルドは、自分は転生者であっても主人公ではないという確信があった。
何せタイトルが〝ルミナの聖剣〟である。タイトル的にルミナが主人公だと思うのが普通である。
「せっかく憧れのファンタジーRPGの世界に転生したんだ。自由に生きなきゃ損でしょ!」
自分に関係ないのだから何も考えずに楽しもう。それがソルドのモットーだった。
そして思う存分この世界を楽しむため、必死で努力して一人で世界を旅できる強さを手に入れた結果、気がつけば自由とは程遠い近衛騎士になっていたのである。
「ソルド様は本当に変わりものですね」
「これで外では完璧な騎士で通っているのだからタチが悪いな……」
クレアは変わり者と評したソルドだが、この執務室以外では騎士として完璧な振る舞いをしている。
帝国騎士の中でもソルドは一線を画す実力を持っている。
強さに奢らず謙虚、寡黙で粛々と任務に当たるその姿は平民出身の騎士にも関わらず、理想の騎士との呼び声も高い。
「では、完璧な騎士様のご厚意をいただきましょうか」
クレアは紅茶を入れると、ソルドの作ったフォンダンショコラを切り分けて盛り付ける。
「あら、中のチョコが溢れ出してきました」
「そのトロトロのチョコもこだわりポイントです!」
「……城に勤める料理人でもここまでしないだろうな」
呆れつつも、レグルス大公は内心初めて見る甘味に心を躍らせていた。
「お待たせしました」
クレアは水面の反射に気を付けつつ、冷ました紅茶をレグルス大公の前に置いた。レグルス大公は獅子の獣人のため、猫舌なのである。
「おっちゃんって絶対銀食器使わないよな」
銀食器は光沢感と上品な輝きによる見た目の効果だけではなく、抗菌性にも優れている。衛生面も考えて城内では銀食器を使うことが多いのだが、レグルスの部屋の調度品には銀製品のものが一切ない。
「有用性はわかっているのだがな」
「銀製品は光が反射しますからね」
「光の反射? ああ、おっちゃ眩しいのダメだもんな」
銀製品どころか鏡のない部屋を見てソルドは納得したように頷いた。
それから、ソルドの力作であるフォンダンショコラもテーブルの上に並べられる。
中央に鎮座する白い皿の上に乗せられているフォンダンショコラは、ふっくらとした形状で存在感があり、表面には細かいひび割れ模様が浮かび上がっている。
その上には生クリームが乗っており、優雅な雰囲気を醸し出している。
香りだけでも極上品だとわかるほどの芳しい匂いが部屋中に充満する。
獣人特有の鋭い嗅覚でそれを楽しむと、レグルスの顔が綻ぶ。
「何だかんだ言いながら甘い物好きじゃーん」
「ふん、故郷では肉ばかり食べていたが、今の立場では書類仕事が多くてな。頭を使うと糖分が欲しくなるのだ。別に甘い物が好きな訳ではない」
「獣人の味覚は人間とは異なりますものね。あっ、私は甘い物には目がないので、ソルド様の新作スイーツは大歓迎ですよ」
さりげなく今後もスイーツを持ってくるように要求すると、クレアは思い出したかのように告げる。
「レグルス大公、そろそろアルデバラン侯爵とエリダヌス補佐官の訪問の時間になります」
「むう、もうそんな時間か」
フォンダンショコラを平らげると、レグルス大公は剥き出しになった牙と口の周りを綺麗に拭いて身なりを整える。
「その二人って確か獣人支持派の官僚だったよな?」
「ああ、人間でありながら我らの権利を守ろうとしてくれる貴重な方達だ」
アルデバラン侯爵とエリダヌス補佐官は城内でも珍しい獣人支持派の官僚だ。
唯一の獣人官僚という非常に難しい立場にいるレグルス大公からすれば、彼らのような獣人に理解ある官僚は数少ない希望ともいえる存在だった。
「そうだ、フォンダンショコラは二人の分もちゃんと用意してあるよ!」
「本当にお前は変なところで気が回るな」
呆れつつも、ソルドのさりげない気遣いが嬉しかったりするレグルス大公だった。
しばらくすると、扉を叩く音が聞こえてくる。
「どうぞお入りください」
「失礼致します」
侍女であるクレアが扉を開けて迎え入れると、執務室に恰幅のいい初老の男性と枝のように細い長身の若い男性が入ってきた。
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