Pluck~異世界帰還者のその後~

大月クマ

第1話 軽井沢の話

大妻おおつまさん!」


 わたし、軽井沢かるいざわかおるは今日、ようやく話せた。

 昼休み、屋上への階段に、隠れるように彼女はいた。


 に帰ってきてから、話すのは初めてだった。


 気が付けばあれから数ヶ月も経っていた。


 では、『武闘家モンクのアズサ』として一緒にパーティーを組んでいたのに――。


「軽井沢さんか……見つかっちゃったか――」


 彼女はそう言って、照れくさそうに短い髪を掻きむしっている。

 わたし、軽井沢かおるには話すことがいっぱいあったのに……彼女はずっとに戻ってから、わたしを避けてきた。


 わたし達の夏の体験……冒険は決して白昼夢でも幻覚でもなかった。


「キミはまだ付けているの?」


 わたしの首元を見て、まるで忘れたいような言い草だ。

 首のチョーカーに付けられた天使の紋章は、愛する人から送られた大切なものだ。忘れたくない思い出がたくさんここには詰まっている。

 そして、の世界が現実だった証し。



 あの日まで彼女、大妻あずささんとは友達の友達……そんな関係だった。

 わたしは、勉強ばかりで引っ込み思案。

 中々決まらなかったクラス委員長を押し付けられたわたしとは、大妻さんは違うタイプだ。

 背が高く、運動神経がよさそうな彼女とは、違うクラスだった。

 がなかったら、知り合いにはならなかっただろう。


 ――住む世界が違う……そんな感じだ。


 それは夏休みの初日のこと。

 大妻さんと友達の塩尻しおじり美鈴みすずさんの3人は、松本まつもと先輩が出してくれた車を使って、山奥のキャンプ場に行った。

 キャンプに凝っていた塩尻さんが、「女の子3人では心細い」と松本先輩に声をかけたのだ。


 ――それが始まり。

 

 先輩は大型車レンタカーの運転が不慣れだった。

 それでも、わたし達に格好付けたかったのであろう。結局、スピードの出し過ぎでわたし達を乗せた車は道を外れ、渓谷に落ちてしまった。

 迫り来る崖下が、スローモーションのように流れていく――。


 そして、目の前が真っ暗になった。


 ――これが死?


 全身が冷たい感じで力が入らない。痛みも苦しみも感じなかった。

 どれだけの時間が経ったのかも解らない。でも、ふと目が開くような気がした。

 恐る恐るわたしは目を開けた。

 仄かな明かりがわたし……わたし達の周りを照らし出している。

 目に映ってきたのは、重たい石の天井だった。


「おお……世界を救う救世主様だ!」


 聞き慣れない声が聞こえた。

 夏休みの初日。そこでわたし達は、異世界に飛ばされた事を知った。

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