第2話 最高傑作のチャーハン
その間、気まずい空気が流れながらもなんとかチャーハンは完成した。
結局、俺がしたのはみじん切りとお米を炊いただけだった。
味付けもお店で出されるようなきれいな形のチャーハンに仕立てたのも全て霧切の手腕によるもの。
まぁみじん切りとお米の炊き方はマスターしたので、一歩成長したと言えるだろう。
言えるよな? 言えないか……。
「めっちゃ良く出来てなーい? 今までのチャーハン史上最高傑作な気がするんだけど~あとでフィンスタに上げなきゃ!」
先ほどの気まずい雰囲気などなかったかのようにテンション爆上げの霧切。
ウサギのキーホルダー付きのスマホでパシャパシャと写真を撮り始めた。クラスの男子が見たらどう思うだろう。可愛すぎて失神してしまうんじゃなかろうか。
「「いただきまーす」」
とりあえず今は目の前のチャーハンだ。
俺は、スプーンいっぱいにチャーハンをすくい口へと運ぶ。
卵とご飯が絡んで口の中へと溶けてゆく。それと同時に長ネギとレタスのシャキシャキと軽快な音を立てる。
ほのかに香ばしい醤油の味がして一口また一口と、スプーンを持つ手が止まらない。
「美味しい! 今まで食べたチャーハンの中で一番だ」
さすがの腕と言うべきか、文句なしの味だ。美味しさのあまり自然と口元が緩んでしまう。
幸せとはまさにこのことだ……。
「っふ、木下って大袈裟だよね」
霧切が苦笑しながら俺を見る。
「お前もな……」
「どこが? 超普通なんだけど?」
意味わかんないんですけど? みたいな顔を浮かべる霧切。気づけばいつも通りクールな霧切に戻っていた。
切り替えの速さはピカイチなようだ。
「ちなみに隠し味に鶏ガラスープの素を入れてるんだよね~。気づいた?」
「いや、分からなかったけど、鶏ガラスープの素でこんなに美味しくなるのか」
「まぁね。ちょっとした隠し味? 入れると深みが出るんだよ」
鶏ガラスープの素を隠し味に使うなんてこと誰が思いつくんだろう。
さすがと言うべきか、やはり霧切は料理が上手い。多分母親から教わったのだろう。
「木下のお米もいい感じに炊けたね。あと長ネギもいい感じじゃん」
「ありがとう。まぁ、それぐらいはできなきゃな」
「次は木下がチャーハン作ってね」
「ふぇっ?」
霧切の無茶ぶりに素っ頓狂な反応をしてしまった。
みじん切りを覚えたての初心者がそう簡単に作れるものか?
「私が料理してるところちゃんと見てた?」
「まぁ……ある程度は……」
「それじゃあ大丈夫だね」
こくりと納得したように数回頷く霧切。
まだ、一人で料理が出来る程上達していないが、一応二か月の期間限定の関係なので、俺が成長しないことにはこの関係は終わらない。
それに、色々教えてくれている霧切のためにも期待に応えなくてはいけない。
味に保証はできないが、自分なりに頑張ってみよう。
「が、頑張らせてもらいます」
「よろしい」
その後、チャーハンをあっという間に平らげた俺たちは、二人で洗い物をしながらたわいもない会話をしていた。俺が洗い物をして、霧切が食器を拭く係だ。
霧切の友達の話や俺の話。そして今までされてきた最低の告白などなど、やはり俺と霧切はスケールが違うなと改めて思い知らされる。
そして、話題が無くなってあたりを静寂が包んだ頃――俺は霧切にずっと気になっていたことをこの場で思い切って訊いてみることにした。
「そういえば霧切ってさ、どうして男子の事嫌ってるんだ?」
その言葉と同時に霧切の手が止まる。
学内の男子と話している姿を一度も見たことがない。それは学内でも有名な話なので、訊けることなら理由が知りたかった。
「ウチのこといやらしい目で見てくるやつばっかじゃん。下心丸出しでキモいし。胸と尻ばっかり見てくるし」
ハッキリと言い切った。
実際、霧切に告白してくる人たちは本気で付き合おうとすら思ってない人たちかもしれないが、中には真剣にお付き合いしたい人もいただろうに。
それを一括りにするのもどうなのかと思うが、霧切なりの深い理由があるのだろう。
「俺は大丈夫なんだな」
もし男子が嫌いと言う理由ならこうして俺と一緒にいること自体霧切にとって良くないことなんじゃないだろうか。
「木下は別かな? なんか、普通の男子とは違うし」
「どこが違うんだ?」
「ウチのこと変な目で見てないでしょ?」
「分からんぞ、隙を見て後ろから襲うかもしれないだろ?」
もちろん冗談である。
ただ、こうして二人でいる以上そういう雰囲気になる可能性だってある。頭のいい霧切が考えつかないはずがない。
「いやいや、木下にそんなことする度胸ないでしょ? 会ったばっかだけどそれぐらいのことは分かるし」
「さいですか」
まぁ、実際その通りではあるが、信頼されていると受け取っていいのかとても複雑な心境ではある。
「そんじゃあ、今まで彼氏とか作らなかったのか?」
「作るわけないじゃん。ウチは一人で十分」
超絶イケメンの彼氏がいるから周りの男子を避けていた。という噂もあったが、どうやら噂は噂でしかなかったようだ。
「彼氏なんていらない……だって、男なんてみんな最低じゃん――」
何もない空間を見つめながら吐き捨てるように呟く霧切。
寂しそうな雰囲気を纏っているのを見て、詮索しすぎたと後悔する。
「なぁ、この後暇か?」
嫌な話題を持ちかけた責任は取らなければならない。そんな焦りから俺は咄嗟にそう呟く。
「別に、特にないけど……急にどうしたの?」
「ゲームしないか?」
洗い物の途中ではあるが、テレビ棚の引き出しを開けて、格ゲーのパッケージを取り出して見せる。
この前、掃除をしているときに霧切が気にしていたゲームだ。
「それ、掃除してたときに見つけたやつ」
「お前、これ気にしてたろ? だから、やってみるか?」
「ふふ、木下って意外とこういうことするんだ」
霧切はいつもの鋭い眼差しではなく、優しい笑顔を浮かべた。
その笑顔を見て、俺はほっと胸をなでおろす。
「いや別に……なんとなくだけど、なんか悪いか?」
俺はそれを見て、恥ずかしさを隠すように頭をかく。
女性を遊びに誘うこと自体初めてなので、やっぱり不自然だったようだ。
まぁでも霧切の笑顔が見れたからいっか。
「する。けど下手くそだよ」
「いいよ。俺がレクチャーするから」
「なんか生意気じゃん。それじゃあ、ウチが勝ったらハーゲンダッツ奢ってよ」
「乗った」
俺がそう言うと、霧切は洗い物を後回しにして、興味津々といった様子でスタスタとテレビの前へ移動する。
いつの間にか寂しそうな雰囲気はもうどこかへと飛んでいったようだ。
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