第4話 ギャルがまた来た!
放課後――羽賀は彼女と予定があるとかでステップを踏みながら教室を出ていった。
そして、俺はというと、霧切さんからのメッセージの内容に困り果てていた。
『(霧切さん)暇だし一緒に下校する?』
『(悠馬)いや、自分の影響力をよく考えてくれ』
『(霧切さん)ん? どゆこと?』
『(悠馬)どうして分からないんだ……』
霧切さんは自分の影響力を自覚していない様子……。
霧切さんから下校のお誘い。大変嬉しいし名誉あることなのは重々承知しているが、数多の学内の男子を玉砕して来た霧切さんが、俺みたいなモブと下校しているところを見られたら最後、変な噂が出回り、平穏な学園生活および、この学区内での生活も危ぶまれるので、丁重にお断りさせていただくことにした。
『(霧切さん)まぁいいや。とりまウチ、一回家に帰るからちょっと遅れる』
『(悠馬)おっけー』
◆ ◆ ◆
そして、無事帰宅――。
この前、霧切さんをナンパしたヤンキーが徘徊していないか辺りキョロキョロしたが、杞憂に終わった。
「あっ、いてて……」
部屋の中は飲みかけの炭酸のペットボトルが十本程、床に散らばっており、案の定それに足を踏み外してしまった。
まだ中身が入っているものもいくつかある。
キッチンには捨てられていないゴミ袋が三つほど積みあがっていた。我ながら汚いなとは思いつつも、捨てに行くのすらめんどくさい。
「まぁ、後でいっか」
そう一人呟いて、思い切り背伸びをする。
霧切さんが来る前に片付けておいた方がいい気もするが、別に家に上がってくるわけでもないので、傘を返し終えたらゆっくりやるとしよう。
俺の性格上身の回りのことは後回しにする癖があるので、やると言ってもそれは数日たってからがほとんどなのは秘密である。
(そんなことよりゲームだ)
俺はポチっとゲーム機の電源をいれる。
フィニッシュファンタジーのラスボス。今までのシリーズの中で過去最高難易度とうたわれているボスだ。
この日の為に毎日コツコツレベル上げをしてきたのだ。
さぁいざゆかん――。
「よっしゃぁあああああああああああああああああ!!」
ラスボスと格闘すること約一時間――狭い部屋で一人雄たけびをあげる。
なんとか、ラスボスを撃破することに成功し、とてつもない達成感が全身を満たす。レベル上げをしてたとはいえ、ここまで苦戦するとは思わなかったが、戦闘システム、世界観とストーリーは過去作品に引けを取らない素晴らしい出来だった。
後は、エンディングを見て、トロコンを目指すか――。
その時、唐突にピンポーンと訪問者を告げるチャイムが部屋に鳴り響いた。
恐らく霧切さんだ。用があるとかで遅れると言っていたが、予想より早く終わったらしい。
ゆっくりと立ち上がり、玄関の扉を開ける。
「よぉ、遅かったな―――――えっ」
「なに?」
霧切さんのその異様ないで立ちに思考が停止してしまう。
「おい、なんだそれ……」
霧切さんはピンク色の女性用のマスクを口にかけていた。小さな顔が見えなくなっているが間違いなく霧切さんだ。
しかし一番気になるのはその手元だ。右手には特大のゴミ袋。左手には先日貸した傘を携えている。
怪訝そうな目をした俺をいつもの鋭い目つきで見つめてくる霧切さん。ただ、端整な顔立ちはマスク越しからでもハッキリと分かった。
霧切さんは「何か変?」と言いいたげな雰囲気でその場で佇んでいる。
「さっき買ってきた」
「いや、それは分かるけど……」
用事があると言っていたのは、これのことだったのか。
だけど、その異様ないで立ちは傘を返しに来た格好には見えなかった。
「家入れて」
単刀直入に言う霧切さん。
だが、さすがにそれは無理な相談である。
なんてたって今はゲームの途中だ。もうすぐ最高のエンディングが俺を待っている。霧切さんと言えど、家には上げられない。
「今はちょっと……それより傘は?」
「後で返す。それより早く入れて、掃除手伝ってあげるから」
「え? 今なんて?」
「掃除手伝ってあげるって言ってんの! この前見た時汚かったでしょ」
なるほど、だからマスクを付けてゴミ袋を持ってきたというわけか。
汚いのは俺が一番分かっているのだが……いや、待て、でもどうしてわざわざ霧切さんが俺の部屋を掃除しなくてはならないんだ?
何度考えてもその純粋な疑問が解消されることはなかった。
「もー! どいて! どうせゲームしてたんでしょ!」
霧切さんは俺を押しのけて無理やり部屋に上がり込んでいった。
「あっ、いやちょっと! 困るって!」
「相変わらず、汚い」
それは最初に俺の部屋の中を見たときと同じ感想だった。
そりゃそうだろう。あれから何一つ変わっていないのだから。
辺りは飲みかけのペットボトル、漫画や雑誌。挙句の果てに下着までもが散らばっている始末である。
こんなことになるなら少しだけでも整理しておくんだった……。
「後で片付けようと思ってたんだよ」
「はっ? なにそれ?」
鋭い眼差しが俺の全身を突き刺す。
間違いなく先ほど倒したラスボスより迫力があった。
「その後でっていつ? どうせ明日とか明後日とか言い訳して全然しないんでしょ? だからこうなってる」
俺は言い返せなくて視線を横に映しながら口ごもる。
一人暮らしをして改めて実感する。母親の偉大さ。
「ごもっともでございます……」
「ほらっ、手伝ってあげるから一緒に掃除しよ」
「でも、どうしてこんなこと……霧切さんと俺ってこの間会ったばかりだろ?」
少し冷たい言い方だったかもしれないが、純粋に気になったことを訊いてみることにした。
なんてったって霧切さんは学内の人気者で俺なんかが関わっていいような人間ではないのだ。
まさに陰と陽。対照的な存在と言っても過言ではない。もちろん俺が“陰”だ。
「別に……暇だったしそんだけだけど? なんか文句ある?」
白いマスクで隠れており表情は読み取れなかったが少し恥ずかしそうにしているのは見て取れた。
傘を貸しただけでクラスメイトの男子にここまでしてくれるものなんだろうか、それに、男子嫌いの霧切さんが男の部屋に上がり込むという行為に疑問が浮かんだが、俺はそれ以上言及することはしなかった。
「っていうかその、“さん”づけやめてやめてくんない? 一応同い年だしタメでいいよ」
「えーでもな……ちょっと抵抗があるっていうか……」
「ほら言ってみ?」
「霧切……」
「よろしい……」
霧切さん、いや霧切の配慮によってタメ口の許しを得た。
距離が縮まった、と言えるかは分からないが、まぁ悪い関係ではないことはたしかだ。
「ほらっ、ボーっとしてないで掃除始めるよ」
「お、おう」
わざわざ掃除をするために来てくれたのだ。ここまで上がり込まれて「出ていけ」とはさすがに言えないので、俺は泣く泣く霧切に従うことにした。
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