ゼミで書いたSS
武内将校
挨拶
「ようこそ! 私たちの劇場へ! どう? なんだか座長っぽくないかい?」
彼女、ヴィはステージの上で手を広げ、自信満々に、そして大げさに叫ぶ。
「碌な人数いないのに私たちの劇場も何もあるか。せめてもうちょっと人数増やしてから言えよ」
それに対し、観客席に座る俺は呆れながら文句を言う。仕方ない。このおんぼろ劇場にはヴィと俺、役者兼スタッフを合わせて4人ほどしかいないのだ。そもそも劇場とも名乗れないだろう。
「しょうがないじゃないか、ケイ。お金が無いんだから。むしろ、私の他に人を雇えている時点で上出来だと思わないかい? そもそも、君が余計な借金なんてしなければもう少し人を雇えたかもしれないって言うのに」
ヴィが、こちらも呆れたと言わんばかりの仕草で言い返してくる。
「くっそ、お前一番言われたくないことを……っていうか、あれは俺のせいじゃないだろ!お前が『大舞台に上がれるチャンスがあるかもだって! なんだか登録料? にお金がかかるみたいだけどこの機会を逃したら、もう二度とないって。え? 登録者の名義? もちろんケイの名前にしておいたよ。この劇場の責任者だしね。これで君も一躍有名人だ!』とか言って、騙されたのが始まりだろ! そもそもなんで俺の名前にしたんだ、ったく……」
そうだ、まだあの時は充分に資金があったって言うのにカモが来たと言わんばかりに色んなクライアントから公演の依頼が来て、その実ほとんどが有り余る資金を狙った詐欺だったせいで、今ではろくに人も雇えない、劇場の修繕もできない底辺の劇団になってしまった。
「おやおや、ケイだって最初は『よし、これで俺たちの劇場も軌道に乗れるな! いやー、幸先が良い!』とかなんとか言っていたくせに」
「狙われてたんだよ、最初っから。やっぱりお前の口車に載せられて劇場なんか始めるんじゃなかった……」
当時を思い出して憂鬱になる。現状を見れば更に憂鬱になるのだが。あぁ、隙間風が冷たい……
「がっかりさせないでおくれよ。君が出資して、運営するから私は自由に演劇をしていいといったのは君だよ? 忘れたのかい?」
「……いちいちその、芝居がかったように言ってくるのはどうにかなんないのか。見ててイライラする」
耳が痛いので、話題を変えようとする。確かに、あの時は右も左も分からない状況で、とにかく目の前にチャンスが来たら食らいついていた。それが、大きな釣り針だとしても。
「しらばっくれるつもりかい? いいとも、私はしっかり記憶している。あの酒の席で、君が嬉しそうに夢を語ったことも、劇場ができた時の子供のようにキラキラした目も、初めて公演をした日に来てくれたお客さんたちを熱心に席へ案内する姿も。熱心過ぎて、少し引かれていたけどね……」
「まるで、俺が劇場を作ることに肯定的だったみたいだな。そもそも、劇場がやりたいって誘ってきたのはお前なのに。そもそも俺は金を出しただけだ。何もしてない」
ため息が出そうだ。こう言わされるとだいたい負ける。そして、最後はこうだ。
「素晴らしいじゃないか! おんぼろだけど、君がいてくれたおかげで私はこうして劇場に立っている。君のおかげだよ」
はぁ、と思わずため息が出る。ヴィは借金まみれでも後悔していない。後悔しているのは俺だけらしい。
これ以上口論しても意味はない。俺はため息を吐きながら観客席を後にした。
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