モノクロと無色透明と色彩りの恋模様

モノクロのモノローグ

　俺はずっと退屈だった。

　俺の生きているこの世界はいつの間にか色は失くして、白と黒、灰色の風景の中、声も音も雑踏に混ざってどこか遠く感じてた。

　けどある日、お前に出逢った。

　お前に出逢ったその瞬間、俺の胸を貫いたのは、突然の強い風に打たれたような衝撃。

　その風に吹き飛ばされて、世界に色が顔を出す。

　俺の生きている世界を覆い尽くしていたモノクロのシーツが取り外されて、世界は色を取り戻した。

　色を取り戻したら、嬉しいことや幸せな想いと同時に、悲しいことや苦しい想いも、俺の心の内を荒らしていく。

　けれど、そんな涙も苛む感情などちっぽけに想えるほど、お前と一緒にいる時間が大切だ。

　俺はお前を愛している。

　たとえ、この想いが報われることなどないとわかっていたとしても……。

　俺はお前を愛している。

　俺が一人でいると、お前はきまってやってきて、優しく笑って声をかけてくれる。

「黒斗（くろと）くん、もう帰る時間だよ？」

「十色（といろ）……大丈夫、わかってる……今日は、起きてたから」

「ほんとにぃ？」

　お前がいたずらっぽく笑いながら、疑うように俺を見てくるから、俺は観念するしかなくなる。

「……5限は……しょうがない。昼飯食った後だからな」

「だめだよ？5限って、無色（むしき）先生の授業でしょ？先生、泣いちゃうよ？」

　困ったように微笑むお前の後ろから、嫌な奴が顔を出す。

「本当に僕は泣いちゃいそうだったよ？茂野（もの）　黒斗くん☆」

「透明（とあ）……学校で声かけてくんな」

「ひどいなぁ……実のお兄ちゃんによくそんな酷い言い草ができるよね。ねぇ？そう思いません？十色　彩莉（あやり）さん」

　突然、ヘラヘラと薄ら笑いを浮かべながら会話に入ってきたのは、俺の実の兄でこの学校で教師をしている無色　透明だ。

　苗字が違うのは、透明が母方の親戚の家の養子になったから。

　透明が養子になった時、俺はまだ幼かったから、今更、実の兄だと言われてもピンとこない。

　親戚だから、盆暮れ正月くらいは顔を合わせた事もあったけど、そのくらいのものだ。

　だから、実の兄だろうと、学校の教師だろうと俺から透明に対しての感情はほぼなかった。

　けど、今は違う。

――俺は無色　透明が大嫌いだ

　透明に声をかけられたお前は、顔を赤らめて戸惑いながらも答える。

「えっ！あ……そうですね！でも、黒斗くん、照れてるんじゃないですかね……」

「えぇ～？黒斗、照れてるのぉ？かぁわいいぃ！」

「うるさい……帰るぞ、十色」

「え……あ、うん。それじゃあ、無色先生……また明日！」

「えぇ、さようなら。黒斗！また明日ね☆」

　透明の癇に障る猫撫で声に、おそらく俺の顔は苦虫を噛み潰したような表情をしているに違いない。

　俺は透明の声を無視して、お前と教室を出た。

　お前との帰り道、俺はいつものように話を聞く。

　この時間は、とても複雑な感情に満たされる。

　お前と二人でいられて嬉しい。

　お前のはにかむ笑顔が愛おしい。

　けれど。

　お前が他の男の話をすることが苦しい。

　お前にそんな表情をさせる男が腹立たしい。

　そんな感情をひた隠して、いつものように俺は言うんだ。

「大丈夫。俺が応援してるんだ……大船に乗ったつもりでいろよ」

「……うん！ありがとう、黒斗くん！」

　お前の微笑みで、俺の世界は色づいていく。

　それはとても鮮やかで、そしてどこか繊細な色合いで、どこかもどかしい色をしていた。

　モノクロだったこの世界を彩った色は、優しくも儚く、美しいけれど切ない。

　そんな色だった。

　これ以上を望んだら、俺はわがままだろうか。

　もっと、お前と一緒にいて、もっと、お前と幸せでいられる。

　そんな色を求めている俺は、欲張りすぎるのだろうか。

　横で微笑むお前と困ったように微笑む俺。

　お前の家までの道を歩く俺たちを、嘲笑（わら）う夕陽が影を伸ばした。