六〇〇字のあとさき
森下 巻々
第3話 午後の曳航
江藤淳。吉本隆明。と書いたなら、三島由紀夫を書かねばならない、ということでタイトルを『午後の曳航』とした。あの小説は、少年にまつわる挿話が鮮烈な印象で、それらが強く記憶に残る作品であった。
そうは言っても、僕は三島について語れることは少ない。ちょっと、いま思いついたのは(三島とあまり関係なく)漢字の使用方法についてである。三島作品は幾つか読んだことがあるが、基本的に図書館で借りて読んだ。正字/歴史的仮名遣いで読まないといけないような気がして、全集の中から手に取っていた。何故、そうでないといけないかと言えば、漢字の使用方法を含む文体というものが、きらびやかとされていて、それも三島作品の評価にも繋がっているという気がしたからである。気がした、だけであって、本当のところは分からない。僕は三島の作品を読む時にはこうでありながら、夏目漱石の作品等では平気で現在の角川文庫等でも読んでいて、いいかげんなものである。
さて、漢字の使用方法である。僕は歴史的仮名遣いを使えないし、無理に使いたいとも思わないのだが、漢字については、文芸は文藝と書いたり、刺激は刺戟と書いたりしている。円は圓ではなくて円と書いている。
円は、戦前にも圓の略字として使われていたらしいという小耳に挟んだ知識がある。
芸と藝は、略字の関係ではなくて、異なる漢字らしい。
激と戟も、見たら想像できる通りに、異なる漢字らしい。
もう分かると思うのだが、「同音の漢字による書きかえ」を僕は嫌っていて、できるだけ避けたいのである。
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