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2024年4月14日 12:05 編集済
高校生の時の出会い、素敵ですね。私も評論家というとまず思い浮かべる人の1人が吉本隆明です。本棚を見たら、『藝術的抵抗と挫折』がありました。民主主義文学批判や戦争責任などが書いてあったように思いますが、読んだのはかなり昔で記憶が…(^^;;※追記存じ上げなくて調べて、理想だなぁと思いました。どこかに重心を置かずに非決定的に対応できる社会であれば幸せですが、なかなか難しいですよね。こちらの概念は埴谷雄高との論争の中で、出てきたものなのですね。私、彼の本「死霊」含めほぼ全部持っていますが、非常に難解でした。哲学が完全に物語を凌駕していましたね。
作者からの返信
追記:追記までしてくださり有難うございます。埴谷雄高「死霊」は、僕の「挫折したままの書物類」のひとつです。やはり、埴谷雄高の他の文章を読んでいないと最後まで読めないのかもと思いました、いま。コメントを有難うございます。おおお、吉本隆明を思い浮かべるのですね。「重層的な非決定へ」のモチーフは、お分かりになるでしょうか? もし記憶になければ「重層的な非決定へ 意味」等で検索してみてください。たぶん、興味深いと思われるのではないでしょうか。
2024年4月12日 23:56
おお、よい出会いだったのですね!それにしても「夜と女と毛沢東」ってすんごいタイトルですね……。
彼と僕とは違うという認識を決定づけた出会いでした。後年に読んだ気もするのですが、内容を覚えていません……。
編集済
高校生の時の出会い、素敵ですね。
私も評論家というとまず思い浮かべる人の1人が吉本隆明です。本棚を見たら、『藝術的抵抗と挫折』がありました。民主主義文学批判や戦争責任などが書いてあったように思いますが、読んだのはかなり昔で記憶が…(^^;;
※追記
存じ上げなくて調べて、理想だなぁと思いました。どこかに重心を置かずに非決定的に対応できる社会であれば幸せですが、なかなか難しいですよね。
こちらの概念は埴谷雄高との論争の中で、出てきたものなのですね。私、彼の本「死霊」含めほぼ全部持っていますが、非常に難解でした。哲学が完全に物語を凌駕していましたね。
作者からの返信
追記:
追記までしてくださり有難うございます。
埴谷雄高「死霊」は、僕の「挫折したままの書物類」のひとつです。やはり、埴谷雄高の他の文章を読んでいないと最後まで読めないのかもと思いました、いま。
コメントを有難うございます。
おおお、吉本隆明を思い浮かべるのですね。「重層的な非決定へ」のモチーフは、お分かりになるでしょうか? もし記憶になければ「重層的な非決定へ 意味」等で検索してみてください。
たぶん、興味深いと思われるのではないでしょうか。