第30話 Mr.ネロのマジックショー

 チケットの日付は今日だったため、俺達は慌てて身支度を終えるとマジックショーが行われる会場へと向かった。

 Mr.ネロ率いるネロ奇術団のマジックショーが行われる会場は、ブランニュイ市でも最も高いビルである〝シルバーヴァインツリー〟の最上階にあるイベントホールだ。

 会場に到着してチケットを見せると、受付をしていた係員が驚いたように目を丸くした。


「こ、これはMr.ネロが身内にしか渡さない特別なチケット……!」


 そう言うと、係員は丁重に俺たちを特別席へと案内してくれた。


「ねぇ、もしかしてライアンってこのネロ奇術団の関係者だったりする?」

「もう何の関係もねぇよ」


 そして、俺たちが席につくと同時にショーが始まった。

 最初は簡単なマジックから始まり、徐々に難易度の高いものへと変化していく。

 しかし、俺から見ればどれも種も仕掛けもわかりやすい子供騙しだ。


「えっ、箱の中から瞬間移動したわ!?」

「簡単だよ、ママ。あれは箱の後ろが開くようになってて、お手伝いのバニーさんが箱にかぶせる大きな布を広げて移動したときにこっそり隠れて移動したんだよ」


 何なら子供すら騙せてない。


「ったく、鎖でぐるぐる巻きにされた状態から燃え盛る箱の中から大脱出とかやってほしいもんだ」

「ねー」

「……何であなた達はマジシャンに対してそんなに殺意高めなの?」


 この会場にネロ奇術団が大量の火薬を運び込んでいたことは話題になっている。そのくらいやってもおかしくはないだろう。

 それから俺とアイは悉くマジックの種を見破り、何もわからずに驚いているディアナに懇切丁寧に説明した。


「出た、人体バラバラマジック! あれってどうなって――」

「マネキン仕込んでる有名なやつだね」

「本物は一番下の顔の部分だけだもんな。単純なトリックだ」


「箱をずらしてるのに姿勢がそのままだなんて――」

「人体組み換えマジックって結構力技だよね」

「体を曲げて箱をずらしても外からは普通に立っているように見せなきゃいけないからな。あの新人ちゃん、なかなかの腕だ」


「あっ、ゼログラビティよね! 一体――」

「おー、四十度くらいまで曲がってる。まあ、靴に細工してあるもんねー」

「ステージの釘に靴を引っ掛ける奴か。あれ、以外と体鍛えないといけないんだよな」


 次々と行われるマジックショーを、俺とアイは淡々と解説していく。

 ディアナは途中から俺達の会話についていけなくなり、涙目になりながら呆然としていた。


「うぅ……せっかくネロ奇術団のマジックショーなのに……どうして人の楽しみを奪うのよぉ……」


 ディアナはもう半泣きだった。どうやら本気でマジックが好きらしい。

 さすがに俺にも罪悪感が芽生えてくる。

 それはアイも同じようで、気まずそうに視線を明後日の方に向けながらコーラを飲んでいた。


「悪かったよ。Mr.ネロの出番のときは何も言わないから」

「絶対よ! また無粋なこと言ったら許さないんだから!」


 ディアナは俺の言葉を聞くと、嬉しそうに笑みを浮かべた。コロコロ表情が変わって単純な奴である。

 マジシャンにとっては良い客だが、そんなんだから毎回ベオウルフに逃げられるのではないかと思わなくもない。


『さあ、今宵のマジックショーもフィナーレの時間がやってまいりました。登場していただきましょう! 我らが奇術団を率いる世紀のマジシャン、Mr.ネロォォォォォ!』


 そして、マジックショーも終盤に差し掛かり、いよいよMr.ネロの登場となった。


『Ladies and Gentlemen!』

「キャァアアアアアーッ!」


 ディアナは前のめりになって興奮気味に叫び声を上げる。

 アイはその勢いに押されて苦笑している。


『本日は我々のショーにお越しくださり誠に感謝する。今宵は特別な夜だ。君達に最高のショーをお届けしよう』


 Mr.ネロがシルクハットを取って挨拶をすると同時に、観客達は一斉に拍手を送る。まだ何もしてないだろうに。

 それからMr.ネロは挨拶代わりにシルクハットから鳩を出してみせる。


「えっ」


 しかし、出てきたのは一匹ではない。

 まるで渡り鳥が飛び立つかの如く、大量の鳩がシルクハットからステージの天井へと飛び立ったのだ。

 そして、鳩が飛び立ったのを皮切りに、Mr.ネロは絶え間なく簡単なマジックを想像を上回るクオリティで次々に披露する。


「ヒュゥウウウウウウッ!」


「イェアァアアアアアッ!」


「キェアァイイイイイッ!」


 マジックの難易度が上がる度に、ディアナのテンションもどんどん上がっていく。

 というか、何だ最後の叫び声。もう人間が発していい声じゃなかったぞ。


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