第22話 予告の時間

 それからしばらく経った後、俺たちはクロサイト美術館へと向かう準備をする。


「アイ、クロサイト美術館の侵入経路と逃走経路の予想をまとめてくれ。あと、ベオウルフが変装できそうな関係者各位の個人情報も頼む」

「わかった!」


 俺はアイに指示を出して事前に集めていた資料などを用意してもらう。

 俺の携帯に送られてきた資料をざっと見て内容を頭に叩き込む。


「そんな適当に読んでて覚えられるの?」

「俺は記憶力には自信があるんだ。一度見たものならまず忘れねぇよ」

「あんたってつくづくスペック高いわよね……」


 ディアナは呆れたようにため息をつくと、俺が用意した装備類を確認していく。

 そこで思い出したように呟いた。


「そういえば、予告状の時間っていつなのかしら?」

「普段からそこは推理して当ててるだろ」

「時間は短縮したいのよ」


 ディアナはベオウルフの捜査でいつも真っ先にキザったらしくて遠回しな言い回しの予告の時間を当てている。

 だが、どうやら彼女も毎回苦戦していたようで、手っ取り早く答えを求めているようだった。


「満月が天高く輝くときってのは、満月の高度が最大になるとき、大体深夜零時くらいだが、詳細は検索すれば出てくるだろ」

「今回は意外と単純なのね。あたしはてっきり満月を意味する建物とかそういうのだと思ってたわ」

「今晩は満月だからな。偽物よりも本物の方がベオウルフも気が乗るんだろうよ」


 ベオウルフは人狼、つまり狼男のことだ。一番わかりやすい表記はワーウルフだが、狼男の表記は多すぎてどれが正しいもクソもないだろう。

 狼男は吸血鬼、フランケンシュタインの怪物と並んで有名な怪物で、普段は人間の姿をしているが、満月を見ると狼へと変身する。

 所説あるが、狼男も吸血鬼も土着信仰や民間信仰から派生した言い伝えを起源としており、異教の象徴とされている。


 そのため、この二体の怪物はしばしば混同されることもあり、弱点や特徴に似通ったところがある。言ってしまえば、狼男と吸血鬼は兄妹のようなものなのだ。


「確かに変なところにこだわるあいつらしいわね」


 ディアナは納得したように頷くと、携帯でメールを打ち始める。おそらく、捜査二課の刑事達に予告状の時間を伝えているのだろう。

 それからディアナは俺達の行っている準備を興味深そうに眺めてしみじみと呟いた。


「こうしてみると、警察の捜査とやってることはあまり変わらないのね」

「事件の捜査となれば、警察だろうと探偵だろうとやることは変わらないってだけだろ」


 警察は公的な権力があるから捜査の範囲が広く、探偵は民間という立場から組織や圧力に捕らわれない捜査ができる。

 二つの職業の違いといえばそれくらいだろう。


「さて、道具の方も点検しておくか」

「道具?」

「俺の商売道具だよ」


 俺は使用する道具の点検のために、自室へと向かう。

 こういう細かいところもしっかりやっておかないと、肝心なときにピンチに陥ったりする。


 今日は何となく嫌な予感がするのだ。


 いつもより念入りに道具を点検しながら俺はクロサイト美術館に向かう時間まで過ごすのであった。

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