第3話 依頼人ディアナ・モンド

 コーヒーを飲み終わり、会計を済ますと俺はディアナを事務所へと招き入れる。


「あっ、パパおかえりー」

「ただいま」


 事務所のドアを開けて中に入ると、娘のアイが元気よく出迎えてくれた。

 俺の一人娘であるアイは十歳。

 水色の瞳の上から眼鏡をかけ、特徴的な桃色の髪をツインテールにしているのがよく似合っている可愛らしい少女だ。

 いつも笑顔を絶やさない子であり、最近ではこんな生活も悪くないと思い始めている自分がいる。


「あのね、今日学校でね……!」

「悪いな、アイ。あとでゆっくり聞いてやるから今はこのお姉ちゃんと仕事の話をさせてくれないか?」


 するとアイは不思議そうに首を傾げる。

 そして、俺の隣に立つディアナに視線を向けると納得したような表情を浮かべて頷いた。


「わかった! じゃあ、準備するね!」

「ああ、ありがとう」


 俺が礼を言うと、アイは嬉しそうにキッチンの方へと走っていった。

 その姿を見送っていると、後ろの方でディアナはそんな俺たちの様子を興味深そうに見つめていた。


「可愛らしい娘さんね」

「まあな」


 ディアナの言葉に対し、俺は短く返事をする。

 別に否定するようなことでもないし、親バカと思われるのも複雑なので素直に肯定することにした。

 すると、ディアナは何故かくすりと笑みをこぼす。


「仲が良さそうで羨ましいわ。大切にしてあげないとダメよ?」

「言われなくてもわかってるさ」


 ディアナは俺の返答を聞くと、満足げに微笑んでソファーに腰掛けた。

 そして、ゆっくりと口を開く。


「それじゃ、改めて本題に入るわ」

「おう」

「怪盗ベオウルフの捜査に協力して欲しいの」

「…………」


 俺は無言のまま、ディアナを睨むように見据えると、ディアナは得意気な笑みを浮かべて続ける。


「もうあなたの調べはついているのよ」

「と、いうと?」

「まず、ベオウルフが謎の名探偵に追い詰められた。これは私がこの目で見た事実よ」


 ディアナは自信満々といった様子で言う。

 どうやらディアナが言っていることは本当のようだ。

 あのときディアナには気がつかなかったが、実際に俺はその現場にいた。

 しかし、カマをかけている可能性は否めない。


「見たというと?」


 あくまでも質問は曖昧にぼやかす。言質を取られるようなヘマをしてはあっちの思う壺だ。


「私が見たのは誰かと話す怪盗の姿だけ。奴は言っていたわ『この私をここまで追い詰めたのはあなたが初めてだよ。名探偵君?』ってね」


 ディアナはそこで一旦言葉を切ると、こちらの反応を確認するかのようにちらと俺の目を見る。

 そして、再び口を開いた


「あなたよね? 謎の名探偵って」

「…………」


 俺は黙ったままディアナの顔を見返す。

 正直言って驚いた。まさかそこから俺のことを探し出して尋ねてくるなど、予想外にもほどがある。

 だが、まだ判断するには早い。もう少し情報を引き出さなくてはいけない。


「どうしてそう思ったのか教えてくれないか?」


 俺が尋ねると、ディアナは少し考える仕草を見せる。


「そうね……。強いて言うなら勘かしら」

「勘?」

「ええ、私の直感はよく当たるのよ」


 得意気に胸を張るディアナに嘘偽りを述べている様子はない。

 確かに彼女の刑事としての勘はバカにできないだろう。

 事実、彼女はこうして俺の元に現れた。

 そして、順序立てた推理を放棄して勘を根拠に動く奴ほど厄介なのだ。

 だからこそ、ここで下手に誤魔化すと後で面倒なことになるかもしれない。

 俺は観念したようにため息をつく。


「わかった、降参だ。確かにあの夜。俺はあの場にいた」

「やっぱりね」


 ディアナはしたり顔で笑う。

 これで彼女の中で疑問点は全て解消されたということだろうか。


「それで協力してくれるの?」

「協力しろと言われてもな……そもそも何でベオウルフなんかを追っているんだ? あんたは元々捜査一課の刑事で殺しを追ってたんだろ」


 怪盗ベオウルフが有名であるのと同時に、彼を追っている女刑事であるディアナの知名度もそれなりに高い。

 毎回の如くベオウルフに逃げられているポンコツ刑事。

 それが彼女の世間的な評価だった。


「彼は世間から賞賛されいてる犯罪者よ。だから、私は彼を捕まえたいの」


 ディアナは真剣な眼差しで語る。そこには確固たる信念があった。


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