アイのままに、ワガママに~名探偵は一家団欒を望む~

サニキ リオ

第1話 怪盗ベオウルフ

 闇夜の中で二つの影が高速で動き回る。


「待ちなさい、怪盗ベオウルフ!」

「待てと言われて待つ怪盗がどこにいるというのかね。ディアナ・モンド警部」


 一つの影は長い銀髪をポニーテールまとめた女性のもの、もう一つの影はシルクハットを被って風に靡く灰色マントを纏った怪盗のもの。

 街灯に照らされた街路樹や建物を縫うように飛び回りながらも攻防を繰り広げる。


「でやぁぁぁ!」

「っ! おっと、危ない危ない……」


 警棒が振り下ろされ、轟音と共に地面が砕ける。あれをまともに食らえば怪我では済まなそうだ。


「相変わらず恐ろしいパワーだ。私は嫌いではないが、少しはお淑やかにしてはどうかな?」

「誰が馬鹿力が原因で婚期逃してるですって!?」

「……いや、そこまでは言っていないのだが」


 このやり取りも、もう何度目だろうか。

 俺もいい加減飽きてきたところではある。

 闇雲に追いかけたところで無駄だというのに、女刑事は何度逃げられようとも怪盗を追うことをやめることはない。


「そろそろ諦めたらどうだい? 君には私を捕まえることなどできないさ」

「ふんっ、やってみなければわからないわよ! あなたを捕まえるためにこっちは出世コースから外れたのよ! 今更逃がしたりしないわよ!」

「残念だが私を捕まえることはできない。さらばだディアナ警部。また会える日があれば今度は是非お茶でもご一緒したいものだ」

「ま、待ちなさぁぁぁい!」


 女刑事が制止の声を上げた時には既に遅く、飛行装置を開いて手ごろなビルの屋上まで飛び上がり逃走を図る。

 地上からは女刑事の悔しそうな叫び声が聞こえるが、足を止めることはない。


「まったく、毎度毎度しつこいことで……」


 時計を確認すれば時刻は午前一時。良い子は既に寝ている時間だ。

 周囲に人影はなく、邪魔は入らない。

 仕掛けるなら今がベストだ。


「おや、今日はオーディエンスが多いと思っていたが、あなたもかい?」


 怪盗を生業にしているだけあって気配には敏感だ。

 何度も監視していればさすがに気がつくのも当たり前のことだ。


「やれやれ、私は忙しいんだ。要件は手短に頼むよ」


 ちょうどそのとき、夜空にかかっていた雲が晴れ、月明かりが屋上を照らし出す。

 そして、俺の姿も月夜に照らし出される。


「っ、驚いたよ。あなたが私に挑戦状を送りつけてきた名探偵の正体だったとはね」


 怪盗はいついかなるときもポーカーフェイスを崩さない。

 それでも狼を模した仮面の上からでも動揺は隠せていなかった。


「それでこの私をどうしようというのかね?」


「――――――――」


 そこで発した言葉。それを聞いたことで動揺は困惑へと変わる。


「……まったく探偵という人種は理解しがたい。だが、どうやら私に選択肢はないようだね」


 肩を竦めるとため息をついて再びポーカーフェイスを取り戻す。


「この私をここまで追い詰めたのはあなたが初めてだよ。名探偵君?」


 それでもキザな口調と態度は変わらない。それが怪盗というものだ。

 本当にヘドが出る。


 だから怪盗は嫌いなんだ。

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