だから、まだ、僕達はベストフレンド

鍵ネコ

第1話 親友の亡者

親友。


その響きはとても心地よい。

まず、親しいという漢字の画数が多いのが好きだ。

そして平仮名にしたならそれは「しん」になる。


しん。


つまり、「し」から「ん」までの距離をその言葉は一つで紡いでる。50音表の中なら36文字の合間を取り持っている。


そして次に友。


これは画数が少ないながら的確に関係を表している。

1文字でそれはとてもいい仲を表してくれる。


それに、「友」という漢字は又とナで構成されている。


「じゃあ……またね…」


それは切れない関係性を暗示している言葉だと言える。そんな漢字が並んで出来上がる言葉。



親友。



これほどまでに美しい言葉はない。



「………」



ところで。



「…また…ね……」



親友という漢字は、男女を前にしてもその漢字のままであり続けてくれるのだろうか。

姿や形を一切変えずに存在してくれるのだろうか。

また、会う事ができるのだろうか。

その時、僕らはまだ、親しい関係を維持しているのだろうか。


見上げた先にある自宅の2階。

雨粒が畳み掛けるように僕の部屋の窓を叩いている。


ガラス越しに見える観葉植物と、ここからだと目が合った。毎日水やりをしているから今日も元気に葉を伸ばしている様子。


あの子はまだ雨水を知らない。


ブチャブチャと、道路を覆う水の膜を踏み抜く音はもう遠くなっている。


その音はちょうど親友が帰るということで見送る為に外に出た時に聞いた音。

まぁでも、外に出た後は正直見送ったと言えるほどその背を見届けていなかった。


僕は目を背けた。

そのまま、自室に目を向けているだけ。

きっと全部、あの中に置いてきてしまった。



雨の音がうるさい。



段々とボルテージが上がる、雨が地へ寝入る音。


ここは住宅街で、大きな道路からは少し遠いとこにあって、細道で。だから車とか人通りの喧騒とかない。


本当にただただ、雨の音だけが鮮明にうるさい。



轟々の音々ねね



耳のドアをずっと叩きつけてくる水の来客者。ドアはほぼ永遠開いているのだから勝手に入ればいいのに。


実際もう何粒かは入ってきている。


今日は豪雨の予報。

僕はそれをお昼頃に知った。


朝は寝坊で急いでいて、それこそ朝ごはんを食べる余裕がないくらい急いでいて、毎日見ていた天気予報の事すら忘れて慌てていた。


親友から聞いたその予報は外れなかった。

本当に予報通り、雷雨ではないけど通り雨でもない。

ただ、強い雨がここにいる。


夏に差し掛かる頃。


湿気が多く、飲み込む空気が生ぬるくなってきた時期。高校が衣服の移行期間と称し、無理やり長袖から半袖に変えさせてきた矢先の今日。



多くを露出した肌が、ヒリ付くほどに雨が重くて痛い。



自室から目を離し、空を見上げる。


それはとても黒い雲の群衆だった。


そりゃあ雨が降らないわけがない。


「………」


でも僕達は傘を差していない。

差さないまま家へ帰っていく親友を、傘をささないまま僕は見ていた。



圧倒的な雨量に犯される衣服の全て。



靴もぐちゃぐちゃで、明日学校に履いていこうにも乾かないだろうなと一思い、頭にぶら下げる。


パンツも、とても濡れている。

黒いブリーフだ。

適当に買った何の思い入れもないそんなもの。

安上がり。



僕はまた、きっと、これを今からお風呂場で脱がないといけない。



僕は雨の喧騒を背に冷え切った身体を引きずって、ようやく家の中へと足を入れた。

その指先は、とても冷たい。


これもまた雨のせいなんだろう。


家に入り、ビタタタタと、玄関にかき氷を作るように水を垂らしてみぞれを貯める。

体温のせいでその水は微妙にぬるい。


肌を駆け、指先に落ちた水の温度は気持ちが悪かった。


(怒られるな…)


それは母親…ではなく、母親なんかよりも綺麗好きな父親にだ。


父親は雨の日は必ず玄関前で水を払い切ってから入れと言っている。それは昔からで、それを破ったらかなり思いっきり怒ってくる。


僕はその父の怒りに微妙に理解を示せていなかった。


別に乾くしいいじゃん、という感想。


ただそれを言えば火にガソリンを撒くようなもので、僕は心の中にガソリンを溜め込んだまま理不尽に平伏していた。


少なくともこれは僕にとっての理不尽だった。


けど、それも今はどうでもいい。

それが嫌で今まで守ってきたけど、逆に今までが免罪符になってくれるんじゃないかという観測的希望もある。


玄関のヘリに脚を登らせ、絞っていない雑巾で床を拭うように歩みを進める。


開きっぱなしの脱衣所と風呂場のドア。


そこにはまだほんのりと熱気が残っている。

シャンプーやリンスーの香りも残っている。


雑に洗濯機に服をパンツをと放り込んで、その音を耳に入れながらドアを僕は閉める。


流す水は雨なんかよりも断然暖かく、気持ちがいい。

それこそ人肌にちょうど良くて、なんだったら抱きしめられているくらいの抱擁力を持ち合わせている。


敢えていうなら柔らかくもなければ、腕にも胴程にも太くない水の線達。彼らはあれを再現できないだろうという話。


案外、胸の柔らかさより乳首の固さの方が背に残っている。


今日二回目のボディーソープ。

さっき洗ったから過洗いなんだろうけど、それでもゴジゴシ洗いたかった。

背に残るあの感触が、ずっと、残ってるから。


裕二ゆうじ…私……』


耳元で掛けられる生暖かい吐息と甘い声。

でもかなり震えていた声。


回してきていた腕。

その先にある、僕の鎖骨に触れる両の手はシャワーの水を受けてもなお冷たかった。


そして、親友は多くを語らなかった。


ただ突然お風呂に入ってきて、シャワーを前にする僕の背に抱きついていた。


先にお風呂に入ってもらっていたから、濡れて冷めた体を洗うためにお風呂に来たわけじゃない。

ずぶ濡れだった髪はいい感じにタオルドライされていた。


だから流石に、お風呂好きが高じてここにいると言う訳じゃないのも察しがついた。


僕はあの時、どうなんだろう。

多分ドキドキしていた。

股下を覗けばそれなりに身構えていたのだから、多分ちゃんと女の子として親友を認識していたんだと思う。


そんな僕を見た親友はただ何も言わず、僕の腰に手を添えた。


触らない。

触ろうとしない。

いや、触ることを躊躇っていた。


やはり全然冷たい手。


シャワーの口を調節してその手を温めようとしたら、親友はアハハと乾いた笑いを発して、そっと体を引いた。


彼女はその後すぐ浴室を出た。

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