11

「どきなさいよッ!」


 蜥蜴竜の群れが、アッシュの元へと急ぐシャーリーとリックの行く手を阻む。

 突然の事態に逡巡していたが、もう、脱出どころではなかった。

 アッシュを――人類の希望を――私達の友を――救わなければ。



 アッシュの斧とルナの爪が、幾度となく交差する。

 無論アッシュも、混乱の最中にいた。

 最愛の娘との、予期せぬ邂逅。その娘が、苦悶の表情を浮かべ、自分の命をとろうと、襲い掛かってきているのだ。

 アッシュはルナを傷つけないよう、攻撃を受け流すだけで精一杯だった。


従順な細竜ヒゥホール・ワーム


 しかし、ティターノの左掌から飛び出た2匹のワームが、アッシュの体へ巻き付いた。

 アッシュは体勢を崩し、膝から崩れ落ちてしまう。2つの斧は手放され、床へと落ちる。


「ぐっ……!」


 ルナが、目の前に立つ。ルナが、転がる斧の柄を、その両手で握りしめる。

 何かシャーリーとリックの叫び声が聞こえるような気がするが、蜥蜴竜に阻まれこちらに近づくことはできそうにない。アッシュは、シャーリー達へ大声を上げた。


「お前達は逃げろ! 俺のことは放っておけ!」


 この声が彼女らに届いたのかどうかは分からない。

 しかし、時間がない。

 ルナにも、声を届けなければ。

 ルナは両腕を震わせながら、ゆっくりと斧を振り上げている。


「い、や……! いやあ……!」


 そんなルナを見上げ――彼女の両眼をしっかりと見据え、アッシュは叫んだ。


「ルナ! 絶望することはない!」

「……あ、う……あ……!」

「俺はこんな形であれ、お前と出会えてよかった、嬉しいぞ!……大きくなったな! 俺は本当に嬉しいんだ!……お前に討たれるなら、平気だ! 大丈夫だ! 大丈夫なんだ! 心を強く持つんだ! 竜石と共に、俺の魂はずっとずっとお前と共にある!」


 アッシュはせめて、せめて娘を絶望させないように、思いつく限りの言葉を投げかけた。


「あっはっはっはっは!」


 しかし、そんな想いを踏みにじるように、マカウェルが笑い声を上げる。


「馬鹿だな~! 心ってのは、コントロールできないんだよ~。そんっなやっすい言葉なんて、何のフォローにもならないって! ぷぷっ、ルナは、絶対に、絶望す る よ!」


 ルナの両眼から、抑えようのない涙が、ぼろぼろと零れ落ちる。


「い、やぁ……!」

「さあ、絶望しろ。――目覚めろ、目覚めろ目覚めろ目覚めろおおお!」


 斧を持つルナの両腕が、アッシュの頭めがけて、今、振り下ろされる――。


「いやあああああああああ!」



 

 ギィィ――――――――ン!




 それは、鈍い、金属音。

 アッシュに振り下ろされた失意の一撃は、

 真っ白な鞘に納まったままの刀で、受け止められていた。

 黒髪の、おさげの少女によって。


「サ、キ……?」


 呆然としたアッシュが、その少女の名を呟くように呼んだ。

 その横で、肉体の活動限界を迎えたルナが、ペタリと倒れるように座り込む。


「なるほど……なんとなくこの状況は、分かりました」


 サキはアッシュとルナを一瞥しながら淡々と話を続け、


「とにかくですね――すっっっごくムカつきますね、あなた」


 マカウェルを鋭く睨みつける。その、突如存在感を露わにしたおさげの少女を、


「なに、キミ?」


 マカウェルも、不満気に見返した。

 ――と、次の瞬間。


『よっっっく寝たーーーー!』

「「!?」」


 突然、どこからともなく、その間の抜けた大声が響き渡った。

 この場にいる誰でもない声。流暢だが、どこか機械音声がかったような、男の声――。

 次いで、サキが声をかける。自身の手に持つ、鞘に納まったままの〝刀〟に。


「あのさあのさお兄ちゃん。私今、めっちゃくちゃにムカムカしてるんだよね」

『ひっひっひ……トカゲみてえなのがうじゃうじゃいるなあ。いーい感じに厄介ごとに首ぃ突っ込んだみたいだな、サキ』


 その謎の声は、どうやらサキの持つ〝刀〟から発せられているようだった。


「喋る……刀?」


 誰かが思わず、そう声を漏らした。

 おさげの少女と謎の刀。この2つの存在により、異様な空気がこの場を包み込む。


「……ねえティターノ。あいつ、なんなの?」


 しかしマカウェルは、あくまでも余裕な態度を崩さなかった。

 この少女達からは、何も竜力を感じない。こと戦闘に関して、この世界では竜力という力が絶対な以上、彼女らが脅威とは思えなかったのだ。

 更にマカウェルには、六聖光だけが持つことを許される切り札とも呼べる代物を、光竜から授かっている。

 故に何が起ころうとも、動じる必要などないのであった。


「マカウェル様の御前だゾ! お前タチ! その小娘を殺セ!」


 ティターノの一声で、シャーリー達に立ち塞がっていた蜥蜴竜達が、一斉に少女へと体を向ける。その時、またあの刀から、声が発せられた。


『替われ! サキ!』

「うん! お兄ちゃん!」


 その掛け声と共に――槍を持った赤銅色に光る蜥蜴竜5体が、少女に襲い掛かった。

 だが。ドッという鈍い音を立て、先頭の蜥蜴竜は、勢いよく吹き飛んだ。

 少女は蜥蜴竜が突いた槍を、左手に持つ鞘を納めたままの刀で受け流しながら前進し、そのまま右拳を蜥蜴竜の腹部に叩きこんだのだった。

 たったそれだけで、その少女の倍以上の体積を持つ竜が、十数メートル先の部屋の壁まで吹き飛ばされたのだ。

 そのまま少女は、呆然とする蜥蜴竜4体に――右上段蹴り、左回し蹴り、右裏拳、最後は頭突きを見舞い、竜達は次々と部屋の奥へと吹き飛んでいった。


「ひっひっひ……!」


 5体の蜥蜴竜を一瞬で片付け、おさげの少女は満足そうに笑みを浮かべている。

 それは先ほどまでの少女――サキからは考えられない、不気味な笑みだった。


「なんダ貴様……人間にそんな力がある訳がナイ……! 一体どんな竜石を使っタ!? どんな竜力を、隠し持ってイル!?」


 うろたえ騒ぐティターノに、少女はギロリと目を向ける。


「ああ? なんだあ? 竜石とか竜力って?」


 この口調も、これまでのサキとはとても似つかない。

 無論、少女の姿も声質も同じであるが、それ以外の――目つき、口調、体勢、纏う雰囲気、それらがまるで別人だった。


『この世界の力だよ、お兄ちゃん』


 再び刀から、機械音声がかったような声が聞こえる。しかし、何か、違和感がある。


『ふっふっふ。デブドラゴンさん、残念ながら私達は、魂の力で戦うんですよ!』


 その言葉はまるで先ほどの少女、サキと同じような調子、口調で、語られたのだ。


 ――少女と刀の中身が入れ替わった。


 ティターノは、そう考えるしかなかった。ティターノは得体の知れないこの少女の力を探るため、竜力の感知に神経を尖らせる。

 だが、いくらその少女を観察しようが、やはり竜力は一切感じ取れない。


「馬鹿ナ! 竜力無しデあの力……! そんナ人間、この世界ニいるはずがナイ!」

『この世界ではそうなのかもしれませんけど。でもでも私達は別の世界から来ましたから』

「別ノ世界……!? まさカ、冥界かラ!?」

『あのあの、そういうことではなくてですね。うーん……話の次元が違うと言いますか、』

「おいおいおーい、まだ話してんのか?」


 痺れを切らしたおさげの少女が、おちょくるように右手をひらひらと振っている。


「そろそろ雑談は、お終いにしようぜー」

「こノ……! 舐めるなヨッ! クソガキガアア!」


 ティターノはもう、考えることをやめた。そして純粋な敵意だけを、その少女に向ける。


「いーいねえ……俺も、熱くなってきたぜッ!」


 少女は言いながら、纏うローブを勢いよく脱ぎ捨てた。

 その下から――この場の雰囲気にそぐわない異彩を放つ服――紺色のセーラー服・・・・・・・・が現れる。


「!?」

「いーもんみっけ」


 見たこともない服に面を食らうティターノをよそに、少女は落ちていたアッシュの斧を1本手に取り――迷わずティターノめがけて投げつけた。

 斧は超回転しながら猛スピードでティターノの顔面に迫る。

 ティターノは咄嗟に、赤銅色に光る右巨腕を顔前まで上げた。

 直後、苦悶の表情を浮かべるティターノ。斧が深々と、高硬度の右巨腕に突き刺さったからだ。

 これは斧自体の切れ味ではなく、超加速の運動エネルギーにより生まれた破壊力だった。


(なんダ!? なんなのダこいつハ!?)


 気が付くと――その少女は、混乱するティターノの眼前に立っていた。


「ウ、うわアアア――!」


 ティターノは叫び声を上げながら左巨腕を振り下ろす。

 少女はそれを一歩横に進むだけで避け、そのまま右拳と左拳を縦にし、ティターノの大きな腹を鋭く突いた。


「ガッ……! ペラアッ」


 ティターノの口から唸るような断末魔が漏れ、ティターノの巨体が、前のめりに倒れた。

 ドズウ――ンッ! という、轟音が響く。

 すると目の前の出来事に驚愕するアッシュを縛る、2匹のワームも、粉々に散った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る