37:聖樹村への道標
夕暮れ時。
ヴァリアと合流したマオたちは、今夜の宿を探す。
彼女たちが選んだのは、旅人向けの質素な宿だった。
石造りの建物は、シンプルながらも頑丈そうだ。
木製の扉には、宿の名が金色の文字で刻まれている。
夕陽に照らされて、その文字は神秘的な輝きを放っていた。
一行が案内された客室は、決して広くはない。
だが、旅の疲れを癒すには十分な造りだ。
部屋の中央には、清潔なシーツの敷かれたベッドが置かれている。
壁際には、荷物を収納するための棚も用意されていた。
その部屋で、マオたちはヴァリアにドラシアのことを報告する。
聖樹村の手がかりを握っている可能性がある彼女。
だが同時に、得体の知れない不気味さも感じさせる。
「……なるほど」
マオたちの話を聞き終えたヴァリアは、顎に手を当てて考え込む。
彼女の瞳には、複雑な感情が浮かんでいる。
「やっぱり、怪しいですわ」
エナが即座に言う。
ドラシアへの警戒心は、まだ解けていないようだ。
「素性も知らない人の言葉を信じて動くのは、罠に飛び込むようなもの。下手をすれば、命を落とすかもしれませんわ」
「でも、聖樹村の情報を持っているかもしれないんだよね?」
マオが言う。
彼女の瞳には、興味と期待の色が浮かんでいる。
「……確かに、それは魅力的だ」
ヴァリアもマオに同意する。
今の彼女たちには、聖樹村についての有力な情報がない。
ドラシアの知識は、間違いなく貴重だ。
「でも、リスクも高い。慎重に判断しないと……」
その時、静かな声が部屋に響いた。
「私、ドラシアさんに会いたい」
レイレイだ。
彼女の瞳には、強い決意の色が宿っている。
「レイレイ……」
レイレイを後ろから抱きしめているマオが驚く。
いつもは控えめなレイレイが、自分の意志を主張するのは珍しい。
「ドラシアさんは、きっと聖樹村のことを知ってると思う。私にはそう感じるの」
レイレイは胸に手を当てる。
彼女の直感が、そう告げているのだ。
エナは一瞬躊躇うが、やがて小さく頷いた。
「……分かりましたわ。レイレイがそこまで言うなら、私は従います」
レイレイの決意を、彼女は尊重することにしたようだ。
「でも、もし危険な目に遭ったら、私が守りますわ。任せてくださいな」
そう言って、エナは懐から拳銃を取り出す。
以前ベルカナンに壊された銃は、すでに新調されている。
廃れた技術と言われようと、エナはこの武器を信じていた。
それに、廃れたという記憶は彼女にはない。
「よーし、それじゃ決まりだね! 明日、ドラシアさんに会いに行こう!」
マオが元気よく宣言する。
レイレイも、小さく頷いて同意の意を示す。
ヴァリアは、三人の結束を見て微笑む。
彼女たちなら、どんな困難にも立ち向かえるはずだ。
そのやり取りを眺めていたいがぐっと堪え、ヴァリアはマオに呼びかけた。
「そうだ、マオ。聖剣のことだが……」
ヴァリアはマオへ聖剣を返す。
「あ! ありがとう先輩! どうだったの?」
「鍛冶屋に見せたんだが、修理の必要は無いようだ」
「そっかー! やっぱり聖剣は凄いねぇ!」
『当然だ。我はそこらの剣とは格が違う』
「かつて勇者と共に戦ったエクスカリバーは言うことが違うね!」
『……マオ。今日、誰かに会ったのか?』
城下町を巡っていた時、マオと聖剣は別行動を取っていた。
だから、聖剣はマオに付着していた微かな気に僅かな違和感を抱く。
「え? まあ、色んな人に会ったかな?」
「その中で一番印象的なのが、先ほども話していたドラシアって人ですわね」
エナが補足する。
『ドラシア……か』
聖剣の声には、何か思うところがあるようだ。
「エクスカリバーさん、何かご存じなんですか?」
丁寧に聖剣へ問いかけるレイレイ。
少しの沈黙の後、聖剣は答える。
『……いや、気のせいだろう』
「なーに? 何か知ってるなら教えてよー!」
マオが食い下がる。
『明日会うのであれば全て分かることだ。その時に話す』
「もったいぶっちゃって! まあいいか。じゃ、明日話してね」
『いいだろう』
話もひと段落したことで、一行の中に眠気が芽生え始める。
レイレイがあくびをする。
「今日は歩き疲れたねー」
レイレイから離れて、マオがベッドに体を投げ出す。
「明日も早い。そろそろ寝ようか」
ヴァリアが提案すると、各々ベッドへ潜り込んでいく。
「じゃあみんな、おやすみ」
ヴァリアがろうそくの灯りを消した。
***
夜が更ける。
石壁に囲まれた質素な部屋で、マオたちは穏やかな眠りについていた。
豪華さはないが、疲れた旅人を優しく包み込んでくれる、安らぎの空間だ。
その部屋の窓の外。
月明かりに照らされた屋根の上で、二つの影が佇んでいる。
一つは長身で凛とした佇まい。もう一つは小柄で、獣の耳を持つシルエットだ。
「……やはり、依頼を受けるようじゃな」
長身の影が呟く。
月の光に照らされた横顔は、昼間マオたちと出会ったドラシアのものだった。
「だが、あの『聖剣』は厄介じゃの。まさか魔王が聖剣を持っているとは……」
「ししょー、これからどうしますですか?」
小柄な影が尋ねる。
闇に紛れて見えにくいが、その頭には大きな耳が生えている。
キツネ型の獣人。彼の名は、ユクトという。
「計画を変更するぞ。ワシがあの魔王を見極める。ユクト、おぬしはレイレイを頼む」
ドラシアが言う。
魔王と聖剣の存在は、予想外の事態だった。
慎重に動く必要がある。
「承知しましたです! レイレイ殿の素質は、ボクが試させていただきますです!」
ユクトが勢いよく頷く。
彼の瞳には、期待に満ちた輝きが宿っている。
月明かりに照らされた彼の装いは、ドラシアからもらったお下がりの服だ。
元は人間用だったその服は、彼の体型に合わせて、丁寧に改造されている。
深い緑色のチュニックには、彼の背中から伸びるふさふさとした尻尾のための穴が開けられていた。
ドラシアは、ユクトの腰に下げられた装飾品を見る。
月の光に照らされた小さな水晶玉が、神秘的な光を放っている。
「もし、レイレイが精霊魔法を扱える様になった時、その水晶がおぬしを守ってくれる」
「分かったです! ボク、頑張るです!」
ユクトはドラシアに向かって心配そうな表情を向ける。
「でも、ししょー、気をつけてくださいです。まおーは強敵だと言い伝えられていますから」
「まあ、そうじゃろうなあ」
在りし日を思い出すドラシア。
魔物と人間が激しく争っていたあの時代を知るものは、もう少ない。
だが、ドラシアにとってはつい昨日のことのように感じられる。
「じゃが、今のあの魔王は小娘に過ぎん。聖剣を持とうと、ワシには敵わないわ」
ドラシアは不敵に笑う。
彼女の瞳には、確かな自信の色が浮かんでいる。
「さすがししょーです!」
ユクトが感嘆の声を上げる。
彼にとって、師匠への信頼は絶対のものなのだ。
「うむ。さて、そろそろ行くとしようかの」
ドラシアはそう言うと、ゆっくりと立ち上がる。
「はいです! ししょー」
ユクトも負けじと立ち上がる。
彼の尻尾が、月明かりの下で躍動感たっぷりに揺れている。
こうして、師弟は夜の帳に姿を消した。
静かな夜に響くのは、彼らの残した謎めいた会話だけだった。
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