第45話 #弟妹チャンネルの配信④

「懲りない人たち」


 ぼろぼろの二人に対し、静が冷めた瞳を向けた。その顔に驚いた気配はなく、愚直に深層まで降りてきた二人への呆れと侮蔑が滲んでいた。

 高垣は疲れ切った顔で深く頷いた。


「少々無理があったのは認める」

「少々どころじゃなく流石に無謀すぎたもんな、あだっ⁉」


 後頭部に拳骨を食らった涼太がしゃがみ込んで悶絶する。


「頭かち割る気か⁉」

「その程度で割れるほど柔な頭蓋骨はしてないだろう」

「いやいやいや、ぱっかーんって割れてそこからキノコでも生えたらどうしてくれんの⁉」

「大丈夫だ。お前の頭には常に花畑が咲いている。キノコが生える余裕はないな」

「律姉それはひどすぎ! 俺、そこまで能天気じゃない!」

「悪運強いからなんとかなると、嬉々として格上の敵に突っ込む奴のどこが能天気でないと」

「実際なんとかなったじゃんか!」


 二人の登場で急に騒がしくなった空気に、清巳はそっと息を吐き出して、壁から手を離して足を進めた。一度離れた静が、カメラを小脇に抱え、剣を引きずるようにして戻る。そして手を握って並んだ。

 淡々とどういう所が無謀だったのか並べ立て、耳を塞いで聞かないふりをしているふたりの横を通り過ぎようとして、肩を掴まれた。


「伊地知。この事態の責任を負うのはお前ではない」


 案に、そのために来たのだと宣う副部長を一瞥し、清巳は右手でその手を叩き落とした。

 だからなんだ。名指しされたのが自分である以上、そんなものは彼女自身の、あるいは機構としての口車に過ぎない。どうせ口先だけの責任という言葉に置ける信用など皆無だ。

 高垣の言葉に応じることなく、ふらりと先に進む。


「おい、清っ!」


 慌てたように涼太が静とは反対側に並んだ。


「いいからもど――っ⁉」


 ばちん、と何かが弾ける音がした。一瞬遅れて、どこんと壁が鳴り、からんと甲高い音が隧道に反響する。

 一連の物音に足を止めた清巳は緩慢に目を瞬いた。


「いってて……油断したー」


 へらりと笑った涼太の足元には双剣が転がっている。それは彼が愛用していたものではない。静が使っている刀と同じ、緋色の刀身の剣だ。


「本当に懲りない人。いい加減、その緋色を扱う資格はないことを理解したら?」


 静の冷ややかな視線に涼太が大きく震える右手をさすりながら首を横に振った。


「それでもやらなきゃ、深層まで来れてないって」


 力が入らず、ぎこちなく手を屈伸させて両手は柄に触れた。

 息を詰めながら、無理矢理右手に握らせ、そして左手も柄を鷲掴む。その表情は険しく、苦しいのか呼吸も大きく乱れていた。

 世界に存在する緋色の武器は七つ。その中に双剣はない。なのになぜそれを涼太が持っているのか。どうして強い反発を受けてもなお無理をするのか。様々な疑問は意識の表面に上がることなく消えていく。

 ふいと視線を逸らして清巳は歩みを再開した。

 会話はなく、ただ足音だけが洞窟の静寂を支配する。少し先に交差路が見え、清巳は足を止めた。

 それに気づいたかのように交差路の右から姿を現したのは子牛だった。真相に似つかわしくないほど小柄な体躯。だが、そのうちに秘めている力は、キマイラの比にもならないほど膨大。

 子牛が地面を蹴った。突進してきた頭を右手だけで受け止める。その衝撃の強さを示さんばかりにずん、と清巳の足元が沈み亀裂が壁にまで広がった。

 頭を握りつぶそうと指先に力を込め、清巳は目をすがめた。

 深層の魔物というだけあって随分と硬い。逃れようと足掻くのもあって手がぶれる。

 面倒だな。

 そう思った直後、左手の温もりが消えた。かわりに魔物の首に金青の一閃が走り、胴体が壁に向かって飛んだ。

 下から斬り上げ首を落とし、直後に飛び跳ねて回し蹴りを叩き込んだ静は軽やかに着地して、右手に持ち替えた剣を再び左手へと持ち替える。

 清巳の手を握りしめ、静はわずかに前に出てその手を引くように交差路を直進した。左手に曲がればしばらく先に地上へ続く階段があるのだが、そうしなかったということは目指す場所は限られてくる。


「どうした」


 倒れた子牛の前でうな垂れて動かない涼太に、高垣は声をかけた。


「…………いや、わかってたけど、そもそもの戦闘能力の差がでかいな、と」


 子牛の魔物をから視線を外し、並んで歩く二人の背中を見つめながらとぼとぼと後を追う。

 下層で遭遇した。同じように突進を受け止めたが、三メートルほど後方まで押され、力比べには敵わなかった。

 だからこそ、押されることなくその場で受け止めて見せた清巳との差をひしひしと感じさせる。

 首を落とすのだって簡単なことではない。緋色の双剣でも簡単にきれないほど皮膚が硬かった。緋緋色金の双剣だからこそ斬れたのであって、愛用の双剣ならば傷ひとつつけることもできなかっただろう。ゆえに、口腔から脳天を突き刺すという、失敗すれば腕一本持っていかれてもおかしくない手段をとった。

 そんな相手を、しかも下層よりさらに強度を増しているであろう深層のものを、こともなさげに倒した二人に対し、じわじわと悔しさが湧き起こる。


「焦れば下手すると死ぬぞ」

「……静ちゃんは良くて俺は駄目なの、単に俺が弱いからなんだろうな……。……多少は仲良くなれた気がしてたけど、思い返してみると、そっけなかった理由に納得がいってさー。…………凹むなあ……」


 決して清巳の方から一緒に行動しようとはしなかった。声をかけてくることもなかった。いつも涼太が付き纏いあしらわれるばかり。その強さも理解してはいたが、静という存在が現れたことによって、対等に思われていないことが浮き彫りになった。ただそれだけ。初めから、清巳にとって友人ではなかったのだと思い知らされた。


「それも一理あるだろうが、単に煩わしいだけだったりしてな。なにせ、図体だけはでかくなった三歳児だ」

「さっきから辛辣すぎない? 俺に恨みでもあんの?」

「今まで散々、人の仕事を増やしておいて恨まれてないとでも思っていたのか」

「そ、それは……」


 涼太の目が泳いだ。

 一度や二度ではなく、数えきれないほど雷が落ちた記憶が脳裏を駆け巡った。

「心当たりしかないようだな……ん?」

 軽口を叩いていた高垣は足を止めた前方の2人に数秒遅れて足を止めた。

 五メートル前方に二体のキマイラが道を塞いでおり、六対の瞳がおめおめと姿を現した獲物を睥睨している。


「うげ……まじか……」

「復活早いなあ。……よし」


 威圧に顔を強張らせながら呻いた涼太に対し、静は気負った様子もなくカメラを清巳の左手に押し付けた。


「持ってて」


 その歯牙にも掛けない態度に腹を立てたのか、キマイラが吠えた。それを合図に駆け出したキマイラに静がひとつ睨みを効かせる。急停止したキマイラが、二度、三度と後方へ跳んで距離をとる。

 操作をしてカメラを飛ばす清巳の横で、静は両手で金青の剣を両手で顔の高さに捧げ持ち、その刀身に唇を寄せた。

 直後、刀身が淡く煌めいた。その光は次第に強くなり、やがて剣から離れた光が朧げに輪郭を描く。それはやがて人の形をとり、その容貌が顕になった。

 一言で言うならば、物語に出てくるような騎士風の女性だ。後頭部の上の方で一つに括られた長い金青色の髪。金色に輝く切れ長の瞳は理知的な光が浮かんでいる。


『****』


 静が何かを告げた。だが、甲高いような音にしか聞こえず、発音もはっきりと聞こえない。


『**********』

『***。***************』


 静の手から剣を受け取った女性は清巳に一礼すると、颯爽と身を翻す。次の瞬間にはキマイラの背後に立っていた。

 横に倒れるキマイラに見向きもせずその女性はふっと姿を消した。


「……律姉。あれなに?」

「私が知るか。どいつもこいつも頭が痛い……」


 ぼんやりと目の前の事象を眺めていた清巳は腕を引かれて再び足を踏み出す。十歩ほど歩き、ようやく思考がまとまり疑問を口にした。


「なにを、したんだ?」

「道中の討伐お願いしたの。終わったらちゃんと大きいのの所に帰ってくるから大丈夫」


 なら、いいか。

 それ以上なにかを考えることが億劫で、静の言葉をそのまま受け入れる。

 十分ほど歩いた先は、ぽつんと両開きの扉が中央に聳え立つ小部屋だった。三メートルはあるであろう扉は今はぴたりと閉ざされている。だが、洞窟の中でも一際重苦しい空気に包まれており、息苦しささえ覚える。

 部屋の入り口の前で直立不動していた先ほどの女性が、凛々しい顔つきのまま清巳に歩み寄り、片膝をついた。そして頭を垂れて金青の剣を頭の上まで捧げ持つ。


「受け取らないの?」


 不思議そうに尋ねる静に視線を向け、清巳は尋ねた。


「受け取っていいのか……?」

「それ大きいのの剣だよ? 受け取るのがダメならやらないよ?」

「そうか……?」


 なにか、考えなければならないことがある気がするのだが頭が動かない。

 それ以上の思考は手放して大人しく剣を受け取った。


『********』

『*****、イェファリューストゥ』

『******************』


 ふと、先ほどまで音としても認識できなかった言葉の一部が聞こえた。

 聞き取れた言葉を放った静は、なにかを言われたのか仏頂面で女性を睨みつけている。


『イェファリューストゥ……?』


 聞こえた言葉を呟こうと思えば、思っていたよりも滑らかに口が動いた。

 はっと、静と女性が清巳を凝視する。

『****?』

『***********』


 二人が何かを告げるが、やはり聞き取れない。

 顔を見合わせた二人はその後もいくつか言葉を交わす。そして片膝をついたまま女性は花が綻ぶように微笑み、空気に溶けるようにその姿を消した。


「さっきの、美鶴さんから聞いたの?」

「かあさん……、…………そういえば……教わったような……?」

「そっか。そっかそっか」


 あの女性は、あの言葉はなんなのだろう、と思いながらも、上機嫌に体を揺らしながら鼻歌を歌う静に抱いた疑問をそっと胸の奥にしまう。

 喜んでいるのならそれでいい。わからないものを無知のまま引っ掻き回せば、いらぬ面倒ごとを呼ぶ。

 一足先に小部屋に入り扉を検分していた高垣は、ひと段落ついた様子のふたりを振り返り声をかけた。


「一応、聞いてみるんだが先ほどの、ぐ……がぁっ⁉」


 一瞬の苦悶に満ちた悲鳴ののち、ごきん、と耳障りな音が鼓膜を打った。

 異音がした先には高垣の後頭部があり、通常ではありえない光景に清巳はゆっくりと目を瞬く。その体は正面を向いたままで、可動域を超えて首が旋回していた。

 その向こう側で、高垣の首をねじ折った化け物がほくそ笑んだ。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る