第5話 化け物と生活

平井はしゃがんだまま硬直していた。頭がクラクラし、すごい吐き気に襲われた。少しでも動くと嘔吐することがわかっていた。

ぴちゃ、ぴちゃと地下室の天井に染みついた化け物の血が地面の血溜まりに滴る。


パンデモニウムパレード

EP5 化け物と生活


「うえっ」

平井は結局耐えきれず、嘔吐した。慌てて口を押さえたが手掌の左右、指の隙間からポタポタと汁が溢れた。その後手に乗った吐瀉物を地面に落とし、床を擦り手を拭いた。吐いて少し楽になったので化け物が入ってきた穴から地下室を出た。

外の空気は美味しかった。

外に出ると、駆けつけるはずだった自衛隊員達が驚いた表情で平井を見ていた。

少しの間沈黙が続き、隊員の一人が口を開く。

「無事…だったのか。よかった」

安堵の表情ではないむしろ、恐怖しているように見える。

「…………………」

自衛隊員達は色々と喋り出した。どこかに連絡しているようだった。その光景を眺め、平井は一人沈黙を続ける。


少し時間が経った頃、黒色の車がそこに到着する。運転席から一人、黒色のスーツを着た男が外に出た。歳は20代後半、30代前半に見える。髪の毛は短く整えられており、清潔感がある。

「…………………」

男は平井に近づくと、目をニコッとさせて言う。

「やあ初めまして。俺桑原(クワバラ)。君は平井澪さんであってる?」

平井は黙って頷く。

「よかった。じゃあちょっと話したいことあるから車乗ってくれるかな」

こんなところで警戒心を持ってもしょうがないと思い、平井は桑原の車に乗った。

車に乗り始めた頃、最初は桑原は色々なところに電話していた。15分程経ったあと、桑原は平井に話しかける。

「自衛隊の方達から連絡があったんだけど、よく生き残ったね。あの場所で起こったこと、俺に話してくれる?」

平井は化け物に銃が効かなかったこと、水色の煙で隊員達が細切れになったこと、自分があの化け物を殺したこと、自分が化け物だったことを話した。

心配性で政府の実験とかに使われるかもと思ったが、今の平井にはどうでもよかった。

「なるほど。ありがとう。………」

桑原は大きなビルの前に着くと、車を停めた。

「君は引き取ってくれる人とかっている?今から連絡したい」

「いません」

平井は桑原の質問に即答した。

「ホント?祖父祖母とか義母さんの家族、なんならその友人や知り合いとかも?」

「いません……」

「…ありがとう。またこっちで調べるよ」

平井は小さく頷いた。

「ちょっと待っててね」

そういうと桑原は車から降り、ビルの中に入っていった。

平井は車の天井を見て、ため息をついた。


20分後


桑原が車に戻ってきた。

「君の家族関係とかを調べたんだけど、ごめん。引き取ってくれるところはないらしい。それでもし良ければホテルほ一部屋貸したいんだけど、どうする?」

「え」

平井は思わず声が出た。先程の即答の理由だが、平井の望んだ状況がそのまま桑原の口から出たのだ。

「…はい、それがいいです」

「そう?ありがとう。こっちも色々助かるよ。君の安全やプライバシーとかは保証する。いつまでかわかんないけど、これからよろしくね」

桑原は笑って握手を求めた。

平井もひきつった笑顔で、桑原の手を握った。

「じゃあまたちょっと移動するね」

そういうと桑原は車を動かした。


15分後


「よし、ついた」

桑原は小さなホテルの前で車を停めた。

「降りてきて」

「はい」

平井と桑原は車を降り、ホテルの中に入った。桑原が受付を終えると、エレベーターで3階に向かった。ホテルの廊下は灰色のタイルカーペットで並べられ、壁と天井は全面真っ白というシンプルで飾り気のない配色だった。

少し歩き、二人は307号室の前に来た。桑原がカードで中に入った。


「じゃん!ここが今日から君が暮らす部屋(仮)だ。」

ベッド、テレビ、冷蔵庫、小さな机と椅子。それだけしか家具はなかったが、昔から夢見た一人暮らしが実現し平井は心躍らせた。

「不満があれば別のとこでもいんだけど、ここでいい?」

「いえ。大丈夫です!」

平井の声のトーンが少し上がったことに桑原は驚いた。


二人大きなベッドの上に座った。

「じゃあちょっと質問していい?死んだ隊員の持ってた録音メッセージに君が変身するトリガーは殺意を抱くことってあの化け物が言ってたんだけど、ホント?」

平井は少し考える。

「そうかもしれないです。変身したあとは思考が殺意…?に埋め尽くされていく感じがありました」

「うーん、なるほどありがとう。じゃあもう一個いい?。君が化け物に変身できるってことは、同じように水色の煙とか出せたりする?」

「……、それはわかりません。でも、あの化け物を殺せるくらいの腕力は持ってたと思います」

「なるほど、ありがとう。なんかあったら固定電話から電話して。夕食はあと1時間で来るから」

そういうと桑原は電話番号が書かれた紙を平井に渡し、部屋から出ていった。


平井はベッドに寝転がりながらテレビを見る。

平井は化け物のことなど忘れ、これからの生活に想いを馳せ笑みをこぼした。

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