第4話
十八時の待ち合わせ前にやって来た凉樹。居酒屋ということもあってか、パーカーにデニムといういで立ちで現れた。
「よぅ、咲佑」
「お疲れ。早いじゃん」
「まあ、仕事あったの午前中だし。午後は暇してたから」
「そっか…」
咲佑は思わず半笑いしてしまう。そんな様子を気にしているのか、していないのか分からない笑みを浮かべる凉樹。
「それより、咲佑。お前やっぱ何か隠し事してるだろ」
冗談とも、真剣とも取れるその言い方に、咲佑は一瞬だけ下を向き、ニヤつく。
「何で、俺が隠し事してると思った?」
「お前が纏ってる負のオーラ。それが、もうすべて語ってんだよ」
「負のオーラ、か」
「それに、咲佑とはもう十年の付き合いだろ? だから分かるんだよ、それぐらい」
「そっかぁ。やっぱ、凉樹には隠し事できないな」
「やっぱりな。で、何隠してんだよ」
溜息交じりに息を吐く咲佑。凉樹の、探偵のような鋭い物言いに、思わず口が走りそうになるが、必死に堪える。
「その隠してたことを、今日この場で、メンバーにだけ話そうと思ったんだよ」
「そう、だったのか…。知らなくてごめんな」
「いいよ、知ってるほうが怖いって」
「だよな」
凉樹が、どことなくぎこちない笑みを浮かべる一方で、咲佑の表情は暗くなっていく。
「でも、凉樹には先に伝えておいたほうがいいかもしれない」
「え、俺にだけ…?」
「うん。グループにかかわること、だからさ」
「隠してたことって、重い系の話なのか?」
「うん、まあな。でも、メンバーがそれぞれどう捉えるかによって、重さは変わるだろうけどな」
「何だよ、それ」
悩みを切り出さない咲佑に、どう対応すればいいのか困った様子で、凉樹は他人事のように笑う。
「で、結局教えてくれないわけ?」
「教えてやってもいいんだけど。じゃあさ、今聞いて後悔するか、あとで一緒に聞いて後悔するか、どっちがいい?」
「どっちがいいって…。ってか、何で後悔する前提でいるんだよ。もっと前向きになれよ」
咲佑が出した二択に答えようとせず、悩み苦しんでいる咲佑に、さらに追い打ちをかけるかのような言い方をした凉樹。咲佑の心の奥の怒りが、湧いてきた。
「なれるわけないだろ。このことで俺がどれだけ思い悩んできたか、知らないからそうやって他人事みたいな感じで、ものが言えるんだろ」
「知るわけないだろ。俺はお前じゃないし。いいよ、あとで一緒に聞くから」
「……、分かった。じゃあ、あとで話す」
歪んだ空間。淀んだ空気。空っぽになった二人の心。そして二人は願う。早く、この場に来てくれ、と。
まだ料理も何も運ばれてきていない個室。メンバーが来れば、店長が直々に料理を運んでくれるようになっている。今回は咲佑自身が奢ることになっているため、格安メニューばかり頼んでいる。でも、その中にはメンバーの好物も入れている。それは、こうして同じ店で飲食できるのは、今日が最後になるかもしれないから。最後に思い出だけでも欲しいという、咲佑の、一個人的な気持ちがあるから。実際、今日が最後になるか分からないけれど、何となく、そんな気がしていた。
二人の願いが伝わったのか、五分もしないうちに朱鳥、夏生、桃凛がやって来て、個室の襖を開けた。
「凉樹くん、咲佑くん、お疲れ様です」
「お疲れ様」
「って、あれ? 料理まだ来てないんすか?」
朱鳥が二人に頭を下げたあと、どこか不服そうな感じで問う。
「そう焦るなよ。店長がもう運んできてくれるだろうから、それまでは待ってくれ」
咲佑が朱鳥を宥めるように言うと、朱鳥は「はーい」と、軽々しく返事した。
三人が荷物を置いたり、椅子に腰かけたりしていると、襖の奥から聞きなれた店長の威勢のいい声が聞こえてきた。咲佑はその声に、胸を撫でおろす。
「お待たせ。今日は特別だよ」
店長自らが運んできた料理を見た一同は、手を叩いて喜ぶ。現状のNATUralezaのことをよく知る店長が気を利かせ、いつもより豪快に盛り付けられた品々が、テーブルの上を支配していく。低価格とは思えないほどのクオリティと量。仕事終わりの男たちにとっては、そのすべてが輝いて見え、最高に思える。
「店長、ドリンクの注文してもいい?」
店長と目を合わせて咲佑が尋ねる。店長は「あいよ」と、今度は渋い声を出す。
「凉樹は、何呑む?」
「俺はいつものレモンサワーで」
「俺も! 凉樹くんと同じレモンサワー」
朱鳥が凉樹の声に被さるようにして言う。店長は頭の中に注文を取る。そして、夏生がリンゴジュースを、桃凛がオレンジジュースを、咲佑はコーラを頼み、運ばれてくるのを待った。
「夏生、今日は緑茶ハイじゃなくていいのか?」
メンバーの前に小皿を並べながら、凉樹が聞く。
「はい。急遽明日朝早くに撮影が入ったんです。なので」
「そうか。で、どうなんだ、撮影は?」
「順調と言えば順調ですけど、まだ始まったばっかなんで、何とも」
「秋には主演映画の公開があって、冬には主演ドラマの放送って、売れっ子になったな、夏生も」
「そんなことないですよ。でも、NATUralezaの名前が全国に広がるよう、精一杯頑張ります」
「そうか。頼りにしてるぞ、夏生」
凉樹からの激励に、夏生は照れ笑いする。その様子を見て、朱鳥と桃凛も自然と笑顔になる。場は完全に和み始めた。
五人だけの食事会は久しぶりのことだった。デビュー当時はまだ互いに仕事が少なかったため比較的集まりやすかったが、ここ最近、個々の仕事が目立ち始めたばかりに、マネージャーの正木を含め、全員で集まれる機会が格段に減った。集まると言っても、五人揃っての番組収録ぐらいで、最近メンバーがどんなことをしているのか、共有のスケジュールアプリ上でしか知り得なかった。以前はメンバーの誕生日会をしていたが、一人、また一人と二十歳を迎えたことを境に、会そのものも無くなっていた。次集まるとすれば、桃凛の二十歳を祝う誕生日パーティーなのだろうが、現状開催されるかも未定で、そもそも咲佑がその場にいられるかどうかも分からない。だからこそ、今日は咲佑にとって決戦日であることに違いない。
「そう言えば咲佑くん、話ってなんですかぁ?」
「あっ、もしかして好きな人ができた的な感じすか?」
「好きな人ができたって、それ朱鳥くんのほうじゃないですか。咲佑くんはそんなこと、こんな場所用意してまで言わないと思いますけど」
「あ、確かに夏生の言う通りかもな」
三人は、凉樹と咲佑を置いて、勝手に盛り上がる。重い話であることを知る凉樹は口を閉ざしたまま、三人の動向を目で追う。
「ドリンクが運ばれてきてからすべてを話す。だから、俺の話が終わるまでは素面の状態で聞いて欲しい」
咲佑は明るく語ったつもりだったが、三人は隠し切れない咲佑の口調ぶりに表情を曇らせる。が、すぐに桃凛が雲の隙間から太陽が顔を覗かせるかのように、明るい笑顔を見せて咲佑に質問する。
「あの、僕はオレンジジュースなので、来たら飲んでもいいですかぁ?」
「乾杯はみんなと一緒のほうがいいだろ? 我慢しろよ、桃凛」
「そうだよ、桃凛。咲佑くんがそう言うなら、お酒とかソフトドリンクとか関係なしに、ちゃんと待ったほうがいいよ」
朱鳥と夏生という二人の兄に優しく注意された弟、桃凛は大人しく返事をした。凉樹はただ静かに俯いているだけで、何を考えているのか誰も分からない。力が入れられた唇。デニムに落ちていく雫を、咲佑は見逃さなかった。
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