そして始まった社

過言

今はもう始まっている

これは、私が知人から聞いた話です。

とっくの昔に。


―――――――――――――――――――――――――――


「心霊スポットに行ったこと、ありますか?」


彼は、ストローで紙のカップに入ったソフトドリンクをかき混ぜながらそう言った。


「……何、怖い話でもするの?」

ハンバーガーとポテトを食べ終えて、後はドリンクを飲んで帰るだけだった。

「何を隠そう、そうなんです。かなり怖いですよ、聞きますか?」

「ふうん。良いじゃん。話して話して」

「お、いつになく乗り気ですねぇ」

「そう見える?」

彼の目は多分、節穴だ。


彼は、ストローを回す手を止めて、少し前のめりになって続ける。

「それでですね、僕が向かった心霊スポットっていうのが、妙というか、特殊な場所だったらしいんです」

「心霊スポットなんて全部妙だし特殊だよ」

ずず。

私は、アイスコーヒーを啜りながら、話半分に聞いていた。

「そうじゃなくってですね。心霊スポットの中でも特にって事ですよ。そこ、ここから車で20分くらいの所にある神社なんですけど」

「神社あ?神社って心霊スポットとはちょっと違くない?」

「それは僕も思いました。ただですね、そこ、本当に、形だけ神社って感じだったんです。赤と黒に塗り分けられた鳥居があって、多くも少なくもない段数の石段があって、参道がまっすぐ続く先に拝殿があって、その奥に本殿があって。そして、途中の手水舎の水は止まってて。あと、お守り売ってるところ……」

「授与所ね」

「あ、名前あるんですね。それで、その、授与所には人がいなくて、お守りも破魔矢も一つもなくて。それに、拝殿の前の賽銭箱はブルーシートで覆われてて」

「……オフシーズンの神社ってそんなもんじゃないの?知らないけど」

「それはわからないですけど。流石にブルーシートはないんじゃないですかね。だから、妙だなって思いつつ境内に入ったんですよ」

「うん」

コーヒーを飲み干して、少し手持ち無沙汰だったというのもあるが。

この時点で私は、すっかり聞き入ってしまっていた。

後から思うと、多分、それがまずかった。

「真横に人がいたんです。いつの間にか」

「怖ぁ!」

「でしょう?その人っていうのが、いたって普通のおじいさんでですね。竹ぼうきで枯葉を集めながら、じっとこっちを見ていたんです」

「うわあ。怖いけど、ちょっと作り話っぽくなってきた」

「いや実体験ですって。それで、僕、その人に話しかけてみたんですよ」

「えっ、なんで?」

「大抵のホラー作品で、主人公はそういう不気味な人間を避けるからです。それならもうテンプレートに反抗しちゃえば、フィクション作品みたいな末路は避けられたりしないかなって」

「おお~。一理あるかも?あるか?」

「僕、どなたですか?って聞いたんですよ。そしたらその人、『案内人だよ』って答えて。ああそれならもういっそ色々聞いちゃおうと思って」

「……うん」

いつの間にか彼はまた、ストローでソフトドリンクをかき回している。

「だって、いきなり人の真横に立ってるなんて、どうせまともな人間じゃないですもん。あ、つまり、まともじゃないか、人間じゃないかって意味です。それなら、利用してやろうと思ったんです。それで、『この場所って、始まってないんですか?終わったんですか?』って、その時一番気になってたことを聞きました」

「……うん?どういうこと?」

「あ、ごめんなさい、話が少し飛躍しましたね。要するに、その神社が、まだ神社として運用されてないのか、もう神社としての役目を終えたのか、どっちかだろうなってとこまでは見当は付いてたんです。手水は流れていなくて、でも少しも濁っていなくて、授与所は空き物件みたいに本当に何もなくて何の痕跡もなくて、参道の脇の砂利道は端から端までずーっと完全な平坦で、当然足跡なんてなくて。誰かがここを使った跡は本当に、どこを探しても見つからなかったんです。だから、僕としては始まってない可能性の方が高そうだなって思いつつ、そういう質問をしました」

「……うん……」

ストローを回す速さが、少しずつ増していることに気が付いた。

私もコーヒーをかき混ぜていることにも。

反射的に手を離した。勢いが付いてしまい、コーヒーを突き飛ばしたような形になる。

中身がこぼれる。

飲み干したはずの中身が。

「その質問には答えてくれなくて。案内人さんは黙って、参道の先を指差しました。僕はその案内に従ったんです」

「賽銭箱、拝殿、本殿。指差す先にあるのはその三つです。順番に見ていこうということで、まず賽銭箱のブルーシートを捲ってみました。捲ったブルーシートの下には穴の塞がれた賽銭箱があって、こんなんじゃあ誰も使えないし、それに何が入っていてもわからないなあと」

彼のかき混ぜるソフトドリンクの中身が何なのか。

私は知らない。

「次に拝殿の中を覗いてみました。てっきり授与所みたいに何もないんだろうなと思ってたんですけど、がらんと広い部屋の真ん中に、大きな板が立っていました」

「最初は板だと思ったんです。拝殿の正面から入ったから、ただの板に見えてたんですね。本殿に向かうために部屋の奥の扉を抜けて、扉を閉めようと拝殿を振り返った時、ようやくその板の正体がわかりました。その板の中に僕が立っていました。大きな鏡だったんですよ、本殿に向けられた」

こぼれたコーヒーに私の顔が反射していた。

誰が見てもわかるくらい、恐れている顔だった。

ただ、何を恐れているのかは、誰にもわからないだろう。

「最後に本殿の中を覗きました。本当は本殿の扉って絶対に開かないらしいんですが、そこは多分神社ですらなかったんでしょうね、入らなくても中身がはっきり目に入ってしまうくらい、全開でした。そこには金属製の大きな檻があって、その中には」

ばしゃっ。

彼のドリンクの蓋を開けて、彼に向かってぶちまけた。

「……もう帰りますか?」

「いやだ、帰りたくない」

「わがまま言わないでくださいよ。案内人さんに怒られちゃいますって」

「だって、帰ったら、」

「大丈夫ですよ。まだ始まってないですし、終わるわけじゃありません」

「いやだよ、怖いよ」

「大丈夫です。また思い出せなくなったら、一緒にハンバーガー食べましょう」

彼は優しく笑った。


―――――――――――――――――――――――――――


そういう事なんです。

だからあなたもこの神社の話を誰かに伝えて、私の身代わりを連れてきてください。

私をこの檻から助け出してください。

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