【伝説紹介】神話探偵調査ファイル
NOZZO
#1 『千腕王 カールタヴィーリヤ・アルジュナ』
カールタヴィーリヤ・アルジュナ。
インド神話に登場する人間の王で、古代インドの二大叙事詩として名高い『ラーマーヤナ』や『マハーバーラタ』で語られる人物ですね。本来の名はアルジュナですが、『マハーバーラタ』の主要人物であるパーンダヴァのアルジュナと区別するため、父王の名を取りカールタヴィーリヤ・アルジュナ(クリタヴィーリヤの子アルジュナ)と呼ばれるのが一般的です。
インド最大の英雄と同じ名を持つもうひとりのアルジュナとはいかなる人物か。
その足跡を追っていきましょう。
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カールタヴィーリヤ・アルジュナはハイハヤ族―― インド王族の二代血統のひとつ「
インド神話の登場人物の例に漏れずカールタヴィーリヤ・アルジュナも多くの異名を持ち、「ラジ・ラジェシュワール(王の中の王)」とか「スダルシャナ・チャクラヴァタール(
サハスラバーフ、千の腕。
カールタヴィーリヤ・アルジュナは、その異名の通りに千本の腕を持っていたと語られています。これは生まれつきというわけではなく、カールタヴィーリヤの苦行と信心がダッタートレーヤに認められ、加護として与えられたものであるようです。
ダッタートレーヤとは3つの顔を持つ賢者で、その正体はインド三大神であるブラフマー・シヴァ・ヴィシュヌが三神一体の
千本の腕は飾りではなく、戦場で五百人分の働きをする勇者の証だったのです。
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彼の武勇を示す有名な逸話といえば、やはり羅刹王ラーヴァナとの対決でしょう。
これは『ラーマーヤナ』第七巻において、主人公ラーマの宿敵であるラーヴァナの過去のエピソードとして語られます。
偉大なる梵仙プラスティヤの孫であり、高徳の財宝神クベーラの異母弟でありながら、邪悪で暴力的なサガを持って生まれた羅刹(ラークシャサ)のラーヴァナ。
造物神ブラフマーから「いかなる神仏にも鬼にも殺されない」という特権を得たラーヴァナは次第に傲慢さと野心を増し、異母兄クベーラからランカー島(※ 現在のスリランカ)の支配者の座を奪い取ると、世界征服のために動き出します。
人間の王国を次々と降伏させ、猿族との戦いでは猿王ヴァーリンに捕縛されるも逆に友情を深めて同盟を締結。更に地底へ侵攻して閻魔ヤマと互角の戦いを繰り広げ(決着はつかなかったものの、自分が加護を与えたラーヴァナが死ぬと面目の立たないブラフマーの介入によりヤマが撤退したため実質的に勝利)、しまいには神々の連合軍と戦って息子メーガナーダの働きにより軍神インドラを捕虜にしてしまいます。
メーガナーダはこの功績により「インドラジット(インドラに打ち勝つ者)」と名乗ることを許されました。後にヴィシュヌの化身である英雄ラーマがラーヴァナとインドラジットを打ち倒すまで、ランカー島の羅刹族は人と神々にとって恐怖の象徴だったのです。
その恐るべきラーヴァナに勝利した数少ない戦士のひとりが、他ならぬカールタヴィーリヤ・アルジュナです。
『ラーマーヤナ』によれば、羅刹王ラーヴァナが軍勢を率いてマーヒシュマティーを訪れた時、カールタヴィーリヤ王は酔っ払って女達とナルマダー川で水遊びをしていました。ふと自分の千本の腕がどれほどの力を持っているのか試したくなったカールタヴィーリヤは、その腕を両側に目一杯広げてナルマダー川を丸ごと堰き止め流れを変えてしまったのです。
大河が逆流するさまを目撃した羅刹王は「この現象を引き起こした者こそハイハヤ族の王アルジュナに違いない」と考え、戦いを挑むため川沿いに進軍を開始します。
やがて見つけたカールタヴィーリヤは前述の通りすっかり酔っ払っており、彼の家臣は「日を改めて正々堂々と雌雄を決するべし」と伝えたのですが、血に飢えた羅刹達に戦士の道理が通じるはずもなし。なし崩し的に羅刹族とハイハヤ族の戦闘が始まってしまったのでした。
ハイハヤ族の戦士は勇敢で、羅刹と激しい戦いを繰り広げます。
それまで遊び呆けていたカールタヴィーリヤですが、壮絶な戦闘の様子が耳に入ると女達を残して水から上がり、千本の腕には五百本の棍棒を、その両目には怒りの炎を灯して、ガルダ鳥の如き速さで戦場へと殴り込みました。
立ちはだかった羅刹の勇士を五百の打撃で瞬く間に叩きのめすと、千腕の王は十顔二十腕のラーヴァナと対決します。互いに棍棒で打ち合いながらも決定打を与えられずにいた両者ですが、ラーヴァナが体力を消耗していると見たカールタヴィーリヤはその千本の腕で強引に羅刹王を拘束し、縛り上げて捕虜にしてしまいます。
怒り狂った羅刹達が投擲した武器も千腕で受け止めて殴り返し、ハイハヤ族の王は悠々と王都マーヒシュマティーへと凱旋したのでした。
無敵の羅刹王ラーヴァナが捕縛されたという報は瞬く間に天界を駆け巡り、梵仙プラスティヤの耳にも入ります。
プラスティヤは高い徳を積んだ賢者であり、羅刹王の悪行についても知っていたのですが、それでもラーヴァナは血の繋がった孫。見捨てることは出来ず、プラスティヤはマーヒシュマティーを訪れてカールタヴィーリヤ王に謁見しました。
カールタヴィーリヤは訪問者が偉大なる聖者プラスティヤであることを知ると合掌して歓迎し、プラスティヤが「どうかラーヴァナを解放してほしい」と懇願すると文句一つ言うことなく喜んで羅刹王の戒めを解くと、客人として歓待しました。
ラーヴァナは敗北を恥じながらもランカー島へ帰り、後にラーマによって殺されるまで再びマーヒシュマティーを征服しようとはしませんでした。そしてカールタヴィーリヤ・アルジュナはこの時の武功により「ラーヴァナの征服者」の異名を名乗ることを許されたのです。
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このようにラーヴァナとの対決では人界随一の勇士として描かれたカールタヴィーリヤ・アルジュナですが、後の「パラシュラーマ」とのエピソードにおいては邪悪な暴君として登場します。
パラシュラーマとは聖仙ジャマダグニの子として生を受けたヴィシュヌ神の
名前の通りに勇猛果敢な戦士でしたが、彼のカーストはバラモン(司祭階級)です。『ラーマーヤナ』のラーマや『マハーバーラタ』のアルジュナ、そしてカールタヴィーリヤ・アルジュナは皆クシャトリヤ(王族・戦士階級)であり、彼らの物語はクシャトリヤの側から描かれたものでした。
しかしパラシュラーマはそのクシャトリヤからバラモンや他の人々を守るために生まれた存在であり、立場の違いは物語の色合いを大きく変えることになっています。
話を戻しましょう。
勇敢な戦士であったカールタヴィーリヤ・アルジュナは、かつてのラーヴァナがそうであったように自分の力に溺れ、次第に傲慢さを増していきました。やがてバラモンの社を破壊し、軍神インドラをも公然と侮蔑するようになったと語られています。
そんな彼がある日、賢者ジャマダグニの家を訪れます。
息子のパラシュラーマは不在にしており、ジャマダグニは飼っていた如意牛スラビ(カーマデーヌとも呼ばれる)で王を精一杯もてなそうとします。
この聖牛はまるで牛乳を絞り出すかのように持ち主の望むものを与えるという力があり、ジャマダグニはこれで王に食事を振る舞い喜ばせようとしたのですが、その奇跡の力がどうしても欲しくなったカールタヴィーリヤはその善意を仇で返し、牛を力ずくで略奪していったのです。
帰宅したパラシュラーマは事情を聞き、王の暴虐と父への侮辱に怒り狂いました。
彼は師である破壊神シヴァに力を認められた証である神斧パラシュを手に、ひとり王都マーヒシュマティーに殴り込みます。そしてハイハヤ族の兵士たちを皆殺しにし、千腕王アルジュナの元に辿り着きます。
一説によればカールタヴィーリヤは同時に五百の弓を引いて戦ったとのことですが、シヴァの斧を持ちシヴァの技を受け継いだパラシュラーマには歯が立たず、千の腕を切り落とされ首を刎ねられて遂に命を落としたのでした。
暴君は死にましたが、話はここで終わりません。
帰ってきたパラシュラーマは父の死を知り、母が21回も自分の胸を叩いて号泣する様を目の当たりにします。復讐者と化したパラシュラーマはカールタヴィーリヤの息子達どころか、世界中のクシャトリヤを根絶やしにしてやると決意します。
そして母が胸を打って嘆いたのと同じ21回、クシャトリヤの大虐殺を繰り広げました。その結果、一時はこの世界からクシャトリヤが根絶されたとされています。カールタヴィーリヤの行いが、間接的に大虐殺を招いたと言えるかもしれません。
ちなみにパラシュラーマは犯した罪のために、ヴィシュヌの
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いかがでしたでしょうか。
勇者と魔王、ふたつの側面を持つカールタヴィーリヤ・アルジュナ。
このファイルが、千腕王の生涯に思いを馳せる一助となれば幸いです。
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