あの、笑顔を。

 予想をしてなかった言葉。

 うつ向いてしまった藤倉君。


「さっきの及川さんの言ったこと……すっげえ嬉しい。……でも、俺は及川さんに近づいちゃいけないんだ」

「…………えっ?」

「及川さんが悲しい顔をしてるのに、何にもできなかった。何もしなかった……俺、最低だ。そんなヤツが友達なんて……」

「…………そんなっ! 私が……!」


 私がいけないのに……! 


 藤倉君の涙。

 苦しそうな表情。


 警報。


 腕が。

 足が。

 胸が、ゾワゾワする。


 心の中で警報が鳴ってる。 


 違うってちゃんと言わないと、私が悪かったんだってここでわかってもらえないと……藤倉君が傷ついたまま。


 藤倉君が傷ついたまま。


 ずっと。

 ずっと。

 ずっと。


 そんなの嫌っ!


 今しかない。

 今しかないんだ。


「私が全部悪いの! だから……」


 だから。


 あの、笑顔を。



「あ、及川さんおっはよ。ふぃ~、朝練きっつ」

「!!……お、おはようっ!」


 春の朝、藤倉君といっぱいお話をしたいですって桜にお願いをしながら歩いた。


 朝練が終わったばっかりの藤倉君と偶然会えて、笑顔を見れたり挨拶ができた時は桜にありがとうってお礼を言って。



「きゃあ!」

「隙あり! ……え? あ、痛いです! 冷たいです! ごめんなさい! 無言のペットボトル攻撃、ツラいです!」

「…………! ……!!」


 暑くってへとへとな時に、冷たいペットボトルをほっぺたにくっつけられては叫んでた。


 それからは夏休みの前は二人で、隙ありー! ってずっとやってた。いつも嬉しくって楽しくって、ドキドキして。



 夜空に浮かぶまん丸のお月様、藤倉君も見てたらいいなってずっと眺めてた。でも、もし藤倉君が横に座ってたらお月様見れるのかな、私大丈夫かな、なんて去年は一人で盛り上がって。



 粉雪の中、楽しそうに嬉しそうに一緒に歩くお兄さんにお姉さん。小さい子とお父さんお母さん、お爺ちゃんとお婆ちゃん。


 私もいつか、そんな風に寒さと気持ちの温かさを分けあいながら、クリスマスイブに藤倉君のそばにいれたらって、思ってた。


 あの、顔いっぱいの笑顔を誰よりも近くで見る日を夢見てた。



 ひとつひとつの思い出が、宝物。


 藤倉君の全てが、私の大切な大切な宝物だった。


 笑顔を、早く取り戻してください。

 私はもう、話しかけないから。

 近づいたりしないから。

 

 そしたら……。


 私以外の誰かを、いっぱいいっぱい。

 藤倉君の笑顔と優しさで……幸せにしてあげてください。


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