酔いのわけは

立樹

第1話 前編

 一人暮らしの1LDKのアパート。

 スマホの時刻は、零時を過ぎていた。

 三月だというのに、雪がちらつくほど寒い。

 暖房の温風は、床に届くとすぐに上にのぼってしまい、天井ばかり温めている。だから、リビングに敷いてあるこたつに入っていても、背中は寒いままだった。

 じゃあ、こたつの中に入ってしまえばいいじゃないかと思われそうだが、寝ころぼうにも寝ころべないのには理由がある。答えは簡単だ。こたつにもう一人いる。それも、爆睡しているやつが。

 こたつの一角にはオレ。その左側に中田が寝ていた。こたつにすっぽりと肩まで入り、酒でほほを赤くしたまま満足そうに寝ている顔にモヤる。

「こいつをここで寝かしたままだと、布団もひけやしねぇ……」

 ため息をつき、幸せそうに寝ている中田のほほにでこぴんをおみまいした。


 中田がオレのアパートに来たのは数時間前。

 明日は休みだし、仕事終わりに一杯どう?と同期の中田に誘われて、数人で居酒屋に向かった。

 同僚との会話は、会社の上司の愚痴や社内の恋愛話に、世間話を肴にダラダラと飲んでいた。中田とは、二人で飲みに行くことはめったになく、こうやって同寮と飲むことが多い。

 オレは二年前、開発部に異動になる前は営業部にいた。中田とはそのころからの仲だ。

 中高と野球部だったと言う中田は、納得できる体格と、快活さがあった。さわやかな営業スマイルは人の警戒心を和らげるのだろう。営業成績もいつも中田の方がよかった。

 といっても、オレはもともと営業は向いていないと開発部を希望していたから、うらやましいと思ったことはない。開発部に移動の辞令ををもらったときは、心底ほっとしたものだ。

 移動になる前の日、寂しそうな顔で『飲みに誘うからな』という言葉を今も守っている律儀な奴でもある。


 いつもは談笑している中田は、相づちをうつぐらいで、淡々と飲んでいた。飲むピッチも速いことには気づいていたけれど、まさか、酔いつぶれるまで飲むとは思ってもみなかった。

 終電が近づき、会計をしようとしたときには、中田は机につっぷして寝ていた。

「おい、中田」

 揺らしても、軽く肩をたたいても

「もう一杯おかわり」

 と、会計をしにきた居酒屋のお兄さんに言い寄ろうとするので、他の同僚と一緒に止めた。

「めずらしいな、酔いつぶれることなんてなかったのにな」

「それな」

「終電あるし帰るけど、中田をどうする?」

「オレも電車」

「ここから家が近いのって、平坂だっけ?」

 同僚の目がオレに向けられた。それに否と言えるような理由も持ち合わせることなく、半分寝て、半分意識がどこかにいっている中田を、呼んでもらったタクシーに乗せ連れ帰った。

 本来なら、タクシーを使わなくても十分ほど歩けば着く距離なのに。

 雪が舞う夜道は、人もまばらで寒々しく、同じして財布の中身も寂しくなってしまった。


「まー、しゃーねーな」

 ぼやきつつ、こたつから出て風呂に入ることにした。

 こたつを出ようとして、床に手を突いたところ、その手首をつかまれ、バランスをくずした。持ち上げた尻は、また、床につき、勢い余って倒れ込みそうになった。

 そこにちょうど、中田の頭があり、避けようとひじをついた。

 中田の顔が目の前にあった。

 これが、相手が女性であったなら、ドキッとしただろうが、相手は男だ。

 多少、顔がよくてもトキめきはしない。

「なんだよ。起きたのか」

 電灯が眩しいのか、それとも起きて間もないからなのか、まだ半分閉じかけの瞼を必死に開けようと、瞬きをしている中田に言った。

「ひら……さか……?」

「そうだけど?」

 酔っていて、オレの家に来た経緯を覚えていないことが、中田のイントネーションでわかった。

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