インド危行
夢想
第1話
海外をふらついて、虻と蚊と蛇に打ち勝った。いき洋々と日本に帰った、が何故か入院していた。
今、白い壁に囲まれて、白い医者、白い看護婦。
清潔な彼らは、ばい菌の俺にマスク越しの会見だ。軟禁状態。
ただ俺にあたえられたのは、テレビテレビテレビテレビ。毎日見るしかない。
テレビはその本質からして、本質がない。何かを移し、何かの意図を絡めている。それ自身のためのテレビはない。すべて代替品だ。セックスと快適を刺激して、中毒にさせる。インドの牛とクソリキシャ、あの最低な街から、いきなりテレビ地獄だ。俺もいつのまにか、サッカー選手のおじいちゃんのクソ会見に夢中だった。奴らはすべてを偽者にしようとしている。
とはいえ、暇だ。仕方なしに本を読む。まずは漱石。草枕。
智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。とかくに人の世は住みにくい。
うむうむ。とうなずく。明治の文豪の鋭さに刺激され、旅を思い出す。何も考えてなかったがつまりはそういうことだ。人の中では見えてこない文章。旅。たった一週間前であるのに、いつのまにそれが過去になっていることに気が付く。
今の俺は、そう、セックスと食欲とサッカーに夢中な、その俺に。
白い壁は沈黙してる。
誰も俺に会いにこれない。俺はばい菌だ。淋しい。好きな女の子の体温を夢想する。長い髪の清潔な、、、
空中の電波にえさが吊るされている。TV。リモコン。一閃一瞬、寂しさを消すなにかに繋がった気がする。
プンと、静電気が静まる。平面のなかでタレントの大きな胸が映されている。
「服を着ないで寝るんです。」と大きくテロップが出る。ミキシングされた笑い声が響く。
金と洗脳の示唆する靄に包み込まれたセックスに中学生のように刺激される。
どこまでも動けない夢想。時代の狂夢。寂しさに目を閉じ、誰もTVに釘ずけだ。明るい笑い声。いつまでも続く今日のニュース達。まるで人生が番組にしかないように笑うアナウンサー。
疲れ果ててもうねむれない!!
inu!の歌を口ずさむ。看護婦が入ってくる。赤面する。
背の高い看護婦。俺の他人との接点。一週間の間3人の人間としかあっていない。まともな会話をしたのはこの一人だけだ。
背の高い女性だ。清潔な白衣にささったペン先はピンク色のキティーちゃんだ。ふと、オウムを飾っていたインド人達を思い出す。ただ変っただけだ。猫と、極彩色の神さま。シヴァと。
お加減はどうですか?
看護婦は機械のように正確に血管を貫く。点滴で俺を犬のように繋ぐ。
良好です。
俺は答える。ニュースが変る。歴史的一戦。中身のない歴史的という言葉に嫌気がさす。テレビが喚き、一週間前にいた国で戦争が起きそうだということを知る。主役に成れない日本国民にはきっと歴史的ではない戦争なのだと思う。
フラフラになって、死にそうだった3日前。毎日がギリギリだった旅。
今は、どうでもいいことを1000回いわれてその気になっちまった。自分以外を考える無理やりの余裕のヌルマユ。
俺はもう中田でキラーパスでキムタクで静香な国宝が浮気で大変な歴史的毎日だ。
乞食と6円を巡り、一時間追いかけっこしたことを思い出す。今更、旅日記を書く。
白い病室、今一日5時間ほど、ただテレビを見る。なんだか疲れている。
画家バルチェスのドキュメントが流れている。
平面に染み付いた少女と未だ膨らまない影が静かに眠っている。
好きな女性を思い出しふとセンチメンタルに成る。
煙草を咥えた老人バルチェスの深い目の輝き、呟く。
あなたは続けなければ成らない。
死にかけていた三日前を思い出す。自分が幸せだとかそんなことよりチカチカ瞬く現実。トイレへの登山。一時間先への旅。幸福に沈む石、不幸に浮く快楽。黒と白。碁石の刹那。境から見える窓際の風景。
どこにでもあるあの毎日が繰り返される。オフェイリア。水を流れる死体の視点。腐るまで流れて、牛は恍惚として涎を垂らす。聖なる川は既に汚くて誰しもが何もかもを流す。乞食の目。突き刺さる日本人。毎日のバスからはみ出たままの命がけでインド人が落ちる。警察が棒で殴る。病院では監視カメラと様々な包帯が入り乱れている。TVにあわせて笑う個別の部屋の孤独な声達。100万人の午後。毎日の検便。検尿。採血。痛み分け。
大切な人への切なる願い。あなたへ
せめて・・
退院したら清流のある山に行こう。と思った。
インド危行 夢想 @jike
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