生き物と黒歴史

甘月鈴音

第1話 その1

「あっ。コウモリ!」


あれは、わたしが高校生のときの夜のことです。

我が家の二階の6畳間にコウモリが入ってきました。黒くて小さな一匹のコウモリは、混乱したように電気の周りを飛び回って暴れていました。


原因は洗濯物を取り込むときに母が網戸を開けっ放しにしていたことだと思われます。そこに


カカカカ。


わたしの足元にいる一匹の猫が鳴きました。我が家の可愛い今は亡き愛猫のミケちゃん。雑種のメスで三毛猫模様が多く、部分的にトラやらキジが混じっている綺麗な毛並みの猫です。


他人には気性が荒く、避妊手術をした際は動物病院の先生から洗濯ネットに入れてきてください。怖くて手が出せないっと言わせた、お姫である。


そのミケちゃんが「カカカ」とクラッキングと呼ばれる習性の鳴き声をコウモリに向けていました。


(これは獲物として狙ってらっしゃる)


以前にもトカゲの尻尾。恐怖のゴ〇〇リ、小さなネズミなんてものを捕まえたことがあるミケちゃん。


そのときの堂々たる誇らしげのミケちゃんに、本当なら褒めてあげなくてはいけないのだが──バコン。動物虐待ではないが軽く頭を叩いて叱ってしまった記憶があります。


そんなミケちゃんのターゲットにロックオンされたコウモリ。

ミケちゃんは完全に三白眼になっていらっしゃり、姿勢まで低くし、おっぽを立て、フリフリ──


これは、いかん。


どうにかして、ミケちゃんより、早く、コウモリをお外に逃がしてあげなくてはコウモリがお陀仏してしまう。思い、わたしは和室の網戸をガラリと開け、手でぱたぱたさせ「あっちだよ」と促(うなが)しました。


ところがどっこい。


コウモリは逃げ惑うばかりで、なかなか外に出てくれません。

そうこうしている間に、うちのミケちゃんの前足が宙を切り、猫パンチが始まった。


「こらこら、まてまて、やめなさい」


逃れるコウモリ。

かくなるうえは、手で捕まえて…………。


ふと、わたしの脳裏に以前テレビでみた、どこぞの国の吸血コウモリの映像が浮かびました。牛のお尻をかじり血を啜るコウモリたち。確かあの牛は……死んでいた。


わたしはチラリと家のなかを徘徊するコウモリを見た。顔は可愛いい、しかし、その齒はなかなか鋭そう。

これを捕まえられるだろうか。


両手を広げ、パチン。

某ジ◯リ映画のワンシーンのようにコウモリを捕まえるか。いやいや、あれは潰したんだった。


わたしには無理だ。


その間に、ミケちゃんはドッスンバッタンっと走り暴れだしました。


なんとかミケちゃんを止めようとしますが、猫は液状化する。するりとぬるりと、わたしの手から抜けていく。その間に、だんだんコウモリも逃げ疲れて弱ってきた。


そのときでした。


コウモリが急に畳のうえに着地した。今ならティッシュに包んでお外に。しかし、時遅し。ミケちゃんは跳躍する。


あっと思ったときには、ドスンっと腹の下にコウモリを潰してしまった。


「ぎゃぁぁあ。おどきなさい」


慌ててミケちゃんを捕まえる。下敷きのコウモリを恐る恐るティッシュで捕まえる。温かい。ピクリと動いてる。なんとか生きてる。どうやら脳振盪のうしんとうを起こしているようだ。


良かった生きてた。

こんな小さな命でも尊いもの。命を無駄にしてはいけない。

自然に帰そう。


「ほら」


わたしは蝶を離すように二階の窓からコウモリを逃がした。

この一匹のコウモリが生き残ることで、未来に繋がる。こうして、わたしたちも生きてきたんだ。

命の尊さ、そんなことを感じさせられました。


──次の日の朝。


「行ってきま〜す」


良いことをした朝は気持ちがいい、ガチャリと扉を開ける。今日は晴天。っと足を一歩出したとき、足元を見て……絶句した。


「げっ。なんでこんなところにコウモリが死んでるんだよぅ」


折角、昨日の夜中にコウモリを救ったのに他のコウモリがこんなところで死んでるなんて、気分が最悪だった。


足元には、笑ってるかのように口から血を流した変な格好のコウモリ。わたしは、そこで、はた、とした。


このコウモリが死んでる場所は……昨日わたしが逃がしてやったコウモリの真下のような……。


ちよっと、まて……。


わたしは逃がした。蝶や迷い込んだ雀を掴んで逃がすように、空に向かって放おれば、羽を広げて彼らは飛んでいった。


ちょっと、まて……。


あのコウモリ……。脳振盪のうしんとう起こしてなかったか……。──ってことは意識がない。その状態で二階の窓から投げれば…………。


バリバリバリバリ。雷に打たれたように頭に衝撃が走った。


──わたしか!! わたしがトドメを刺したんかぁ。


あろうことか、気を失ったコウモリを2階の窓から投げ、墜落死させてしまったのだ。あの温もりを思い出す。


──何が尊い命だ!! 殺してるやんか!


衝撃のあまり放心状態のわたし。生き物を殺す。


「うそだぁぁぁぁ」


頭を抱えて悲しむわたし。消してくれ。いっそう無かったことにしてくれ。記憶の彼方に消えてくれないか、本気で思ったのでした。

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