【BL】魔法のピアス

祐里

1.少しは心配しろよ


 毎週金曜日、彼は男友達二人と、俺がアルバイトしている本格ハンバーガーの店にやってくる。


「シスロマのコラボいつからだっけ?」


「来週木曜日。絶対忘れたらいけないことなんだが?」


「忘れたわけじゃないよ。確認、確認」


 男友達二人の言う「シスロマ」の正式名称を思い出そうとして、俺はすぐにあきらめた。やたら長い名前なのだ。主に男性向けの釣りゲーなのに登場人物の女子同士がいちゃつく場面が多いと、アニメにもなっているくらい人気が高いらしい。


 店に足を踏み入れながら友達がしゃべり、彼は黙っている。


「いらっしゃいませ。ご注文……」


「ベーコンチーズバーガーとコーラ」


 友達のうちの一人が、レジカウンターで俺の言葉尻を奪って告げる。彼なら言い終えるまで待ってくれるのに。仕方なく「かしこまりました」と言い、三人分の注文を取った。彼はホットティーだけを頼んでいた。腹が減っていないのだろうか。いつもより青白く見える顔色が気になる。具合が悪いのだろうか。しかしそんなことを尋ねたら驚かれてしまうだろう。ぐっと堪えて、一店員としての接客を続ける。


『ペールブルー』


 俺だけに聞こえる無機質な音声が、小さく耳を震わせる。いつものことだが、何の前置きもなしにというのはどうにかならないものか。それにしてもペールブルーかぁ、そりゃそうだよな、心配だし……今日も彼の笑顔は見られないかも……などと考えながら、オーダーを厨房に通す。


「でさ、この間の回がすっごく良かったから、神絵師が何人か沼墜ちしたらしいぞ」


「え、初耳。何か描いたのか?」


「……ちょっと待て……、ええと、これとか」


「おおっ、これは……たすかるぅ……てぇてぇが過ぎる……」


 店内清掃という名目でレジカウンターを抜け出し、彼を見に行ってみた。友達二人の間でオタク用語満載の話に花が咲く中、やはり彼はただ黙っているだけだ。


 一旦カウンターへ戻り、ドリンク類を取りに行って「お飲み物を先にお持ちしました」とテーブルに置く。隣同士で座る友達二人はスマートフォンの画面から目を離そうとせず、こちらを気にする気配もないが、彼はちらりと俺を見上げてから柔和な表情でぺこりとお辞儀をしてくれた。耳にかかるダークブラウンの髪は、ほんの少し緑がかっている彼の目によく合っている。


『ライトパープル』


 彼の、店員という立場の者に対する態度を尊敬してもいるため、長めの髪の下、右耳だけにつけているシンプルな丸いピアスが音声を発して色を変える。見えなくても変わる色を伝えてくれるのは便利だ。


 友達二人がある程度食べ進めたところで、彼は席を立った。それからしばらく経ってもなかなか戻ってこない。行き先はトイレだろう。俺は、本当に具合が悪いのではないかと気が気でない。なのに友達二人はオタク話を続けている。もしかしたら、彼がいないことにも気付いていないかもしれない。


『ブルーグレー』


 俺は今、彼が心配だという気持ちとともに、あの友達――と呼んでいいのかあやしいが――二人に対して嫌悪感を持っている。それが混ざり合ったのがブルーグレーだ。


「ちょっとトイレ清掃行ってきます」


 先輩店員にそう告げ、俺はカウンターを離れる準備をする。それほど混雑する時間帯ではないため、カウンター内の雰囲気もゆるい。「はいよー」という先輩の間延びした声を背中に、急ぎ足で向かう。


 トイレには個室は一つしかない。「失礼します」と言いながらそのドアをノックすると、彼の「はい」という小さな声が聞こえてきた。


「お客様、大丈夫ですか? もしかして体調が悪いとか……?」


「あ、あの……、ちょっと時間がかかってるだけで……大丈夫、です。すみません……」


「そうですか。では、お友達に何かお伝えしておきましょうか?」


「は、はい、じゃあ……先に帰ってていいよって、伝えてもらえますか」


 やはり具合が悪いんじゃないかと、喉まで出かかった言葉を抑え込んで「かしこまりました」と言い、トイレを後にする。その足でテーブルへ向かい友達二人にそのまま伝えると、彼らは「じゃ、食べ終わったし、もう出るか」と言っただけで店を出ていってしまった。


 彼の心配など微塵もしていないやつらに腹が立つが、これはチャンスだ。彼に思い切り優しくしよう、そう決めて、俺はまたトイレへと向かった。


 個室に近付きノックをしようとすると、中から荒い息遣いが聞こえて驚く。とても苦しそうで、聞いていられないくらいだ。慌てて「お客様!?」と話しかけてみたところ、「だ、いじょ、ぶ」と弱々しい声が返ってきた。ピアスが何か言っていたが、彼が心配な俺には気にする余裕などない。


「そんなわけないじゃないですか! 救急車呼びましょうか!?」


「……だ、め、呼ばないで……いい、から、そこに……いて」


「……わかりました」


「ありが、と、だいじょぶ、なので……すみ……ませ……」


「いいんですよ、俺はここにいるので安心してください」


「……はい」


 ごくたまにだが、トイレで具合が悪くなって気を失ってしまう人などがいるため、店の対応としてもこれが正解のはずだ。俺がやきもきしながら個室のすぐそばの壁に背中を付けてじっとしていると、彼の息遣いはだんだん落ち着いていき、やがて静かになった。


「すみません、お仕事のお邪魔してしまって……」


「そんなの気にしなくていいんです。もう大丈夫ですか?」


 彼はまだ個室から出てこない。本当に大丈夫なのだろうかと、やはり心配の念が頭をもたげる。


「はい。僕、おなか弱くて、たまに痛みで失神しそうになることがあるんです」


「それは大変ですね……」


 やはり彼は、『ごくたまにいる、トイレで気を失ってしまう人』だった。俺の取った行動は正解だったのだ。「まだ出られませんか?」となるべく優しい声で言うと、彼は「は、恥ずかしいので……」と、小さな声で言った。


『ピンク』


 ピアスがまた、心の色を俺に告げた。毎週金曜日はこのピアスをつけるようにしているのだ。この、魔法のピアスを。

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