ショタ、逃げるだけ

ポロポロ五月雨

プロローグ


 『豪華客船コイン・デック』 数多星の数、世界中から集められた美術品がオークションにかけられ、それこそ星さえ買えてしまうような金額で取引される宝船。

 しかし、そこで取引されるのは美術品だけではない。

 『権利』 『欲望』 『プライド』


 そして…『命』


・・・・・・・・・


「おいッ! 出しやがれ犯罪者!」


 紅いカーペット、脇には名画。典型的な貴族の城を思い浮かべれば、この道について大抵の情報を知りうる。

 そこを、小さな子供が連れられていた。とは言え、親に手を引かれているワケじゃない。


「黙ってろ! …ったく、ミカケのワリに、全然おとなしくねぇ」


 子供は、男の子だ! 小さなペット用ケージに入れられて、台車に乗っかり転がされている!

 台車を押す女は、ケージの柵の隙間から中にいる童子を睨みつけた。


「どうせ売られんだから、手間かけさせんじゃネェ!」


 女は乱暴な口調でそう言うと、口調に見合わないキッチリしたスーツのネクタイを緩め、「はぁ」と息をついた。胸がそれなりに大きいので、随分と苦しかったらしい。ほのかに見えたワイシャツの色気は、ある程度の男子なら悩殺は必至かもしれない!

 だが、檻の中の童子にはカンケイない。ナニブン彼は、まだ6歳もそこそこだった。


「出せ! ここから出せッ!」


 童子は檻を、その細い腕で揺さぶった。その拍子に、檻についていたネームタグが揺れた。

 ネームタグには…『メイン』 とだけ書かれていた。


「おう、お疲れさん」


 その内、大きな扉の前についた。扉の前では金髪の女が腕を組んでいて、タバコを吹きながら景気の悪そうなクマを付けた目で、台車で運ばれてきた檻を見た。


「これか? 今日のメインは」

「はい、自分はそう聞いています」


 台車を押してきた方の女がマジメに返事をする。と、クマを付けた方の女は腰を屈めて、檻の中に目を覗かせた。


「ボケッ!」


 童子は、勢いよく柵を殴った!


「あ~らら、イキのいいこと」


 女は…(面倒なので、クマ女と呼ぼう)タバコを咥えた口をニヤニヤと曲げると、冗談っぽく腕をハンズアップさせた。腕組みで押さえられていた胸が、スーツの上からでも分かるほど大きく息を吐いたような気がした。


「顔も良いし、コリャうちのお客さん方にはウケがよさそうだ」

「貴重ッスもんねぇ、男のガキなんて。自分も久しぶりに見ましたよ」

「おう、何でも海岸に打ち上げられてたらしい」

「冗談でしょ?」

「冗談じゃない!」


 童子が! 再び檻を殴った!


「ボクは! この世界の人間じゃないんだ!」

「…」「…」


 女2人は顔を見合わせると…「くっ」「ははは!」 徐々に、ポップコーンが弾けていくように笑った!


「お前、ジョークのセンスが無いな! 今度機会があったら『自分はマーメイド街の出身です』 とでも言ったほうが良い。そっちのが下半身をイジメられずに済むかもしれないから」

「どうですかねぇ? ウチのお客様方はマッドなんで、多少サカナ臭くてもヤッちまうかもしんねぇッスよ?」

「そりゃ仕方ねぇ。ベッドの上でピチピチ跳ねるっきゃねぇな」


 女は冗談を言って、童子をケラケラとからかった!


 しかし…『馬鹿にしやがって!』 全部ホントのことだった。男の子は、この世界の生まれではなかった。と言うか、俗にいうコッチの世界の生まれだった。

 重ねてしかし…今、彼は別の世界に居る。恐るべき『性欲』 の世界…男性が絶滅しかかってるうえ、女性の性欲がコッチとは並外れている、恐るべき世界に…彼は、いる。


「うわっ!」


 童子の顔に、煙がふわッとかかった!


「ボサッとしてんなよ? ボーイ」


 クマ女が、上からタバコの煙を吹きつけていた! その目は愛玩動物を売りさばくブローカーのような目ツキで、再三申し上げてクマが濃く、荒みきったハイライトの無い眼球をハメこんでいる。

 クマ女は大きな胸の双丘から、見越すように檻を見下ろした。


「お前の出自がどうであれ、こちとら腰に付くモン付いてりゃいいんだ」

「出せッ! 出せよ!」

「違うね、お前は出す側だよ。これから金持ちのオネーサン方に、ズッコンバッコン出せなくなるまで出すんだ」

「姉貴、今日はジョークが冴えますね」

「あぁ、久しぶりにデカい金が入ると思うと…頭もギンギンさ!」


 『ガシャン!』 「わっ!」 檻が揺れた! どうやらクマ女が足で揺らしたらしい。

 ストッキングを履いた足が、ビルの解体工事を行うクレーン車のように動いている。


「頼むぜ? 『メイン』 君」


 クマ女はそう言うと、大きな扉の取っ手に手をグッとかけた。

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