ショタ、逃げるだけ

ポロポロ五月雨

プロローグ


 少年はボロ切れたリュックサックを地面に下ろし、その隣に自らの腰を着けた。

 学校で習った体育座りをする。膝を抱きしめ、モモの間から真っ暗な影になった地面を見る。しかしそんなことせずとも、少年の前には闇が広がっていた。夜だから。だけではない。今後どうするか。


 目下にある少年の闇は、一層濃く少年を睡夢に誘った。


…………


「ん…」


 鳥の声がした。僕はふらふらとした足取りで立ち上がると、目を覚ますために近くの川へ歩いた。ボーっとしてたから木の幹に引っかかってコケそうになったけど、何とか枝を掴んで耐えた。おかげで目は覚めた。


「寒い…」


 思わず体が震えた。風はひゅうひゅう言って、僕をいじめるみたいに向き合って吹いていた。前髪が邪魔くさいほど揺れる。


 川で顔を洗った後は、リュックサックの所にまで戻った。ずっとリュックを置いていたのは不用心かもしれないけど、このリュック重いんだもん。いちいち運ぶのはメンドクサイ。

 僕はリュックを開くと、中からパンを取り出した。そしてパンを食べながら、リュックに付いた『イヌカイ ウズラ』の剝がれかけた名札シールを眺めた。


…………


 数日前、僕は夢を見た。その夢で僕は真っ白な場所に居て、前に女の人が立っていた。


『貴方には資質がある。けれどもその資質は貴方の世界ではすぐに腐ってしまう。なので子供の内にあちらに送ります』


 女の人は校長先生みたいに言うと、僕に色んな物を持たせた。リュックサックもそのうちの一つ。中には無限に物が入って、食べ物なんかも詰めてあるんだって。『何度も使える遠足のリュックみたいなものです』とも言われた。


『貴方には使命がある。悪魔を滅ぼす使命が』

「悪魔?」

『地獄から枝を伸ばし、現に干渉する魔物。あの世の者が現に干渉するなど、あってはならないこと』

「ウツツ? 分かんない。けど僕…帰らないと。そろそろ晩ごはんだしさ」


『帰れません。悪魔を倒さないかぎり、貴方が家の玄関を跨ぐことは無い』


 そう言われると、視界がグルグルになった。立ってられなくなって、スケートの氷の上みたいに つるつるして地面に転んだ。


『善の資質を持つものよ。悪に屈するなかれ。悪しきは善きを好み、必ずやお前を食おうとするだろう』


 僕はそのまま眠った。今考えると夢でまた寝るなんて変だけど、どうだろう。本当に夢だったのか分からない。だって目が覚めると、女の人から貰った物と一緒に全然知らない場所にいたから。


「意味わかんないよ」


 声は風にかき消された。

 最初の日は沢山泣いた。怖かったし、帰りたかったから。でも泣いても誰も来てくれなくて、無駄だってわかった途端、疲れて寝てしまった。


 次の日に起きて、僕は取り合えず人の居るところにまで行こうと決めた。


「そろそろ誰かに、会いたいな」


 僕はパンのカジったところを見て思った。


…………


「女神様、女神様!」

「はい、どうしました?」


 真っ白な廊下。中学生くらいの背丈で、背中に翼を生やした女の子が慌ただしく走る。向かう先に居る『女神様』と呼ばれた女性は、努めて凛とした背から彼女を見下ろした。


「ダイアル55に逃げ込んだ悪魔。素性がつかめたそうです!」


 女の子は持っていた紙束の上から、一枚のプリントを女神様に渡した。


「!」

「『ディーアライア』。女性型の悪魔で、少なくとも地獄じゃ5本指に入る実力者。それから…」

「極度の小児性愛者。特に…男子」


 女神様の持つプリントが震えた。彼女の手が震えているのだ。


「マズいですね…あぁ、めぐりの悪い子」


 女神様は乱雑にプリントを折りたたむと、足早にその場から去っていった。

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ショタ、逃げるだけ ポロポロ五月雨 @PURUPURUCHAGAMA

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