第9話 本当の気持ち


 どうせ夢なんだし、自分の思う通りにしたっていいじゃない。


 私には怖いものなんてないはずなんだから。


 大勢の兵士たちを魔法で迎え撃つジンテール王子は、善戦していたけど、それでも多勢に無勢なのはあきらかだった。


「平和にあぐらをかいて、衛兵の数を減らしたのがよくなかったんだ。だから僕はあれほど国王陛下に進言したのに……」


 グクイエ王子は剣を手に、小さくこぼした。


「心配しなくても大丈夫。私がいるって言ったでしょう? これは私の夢なんだから、キウイ聖女の思い通りになんかさせない」


「どうするの?」


「私にできることは一つしかないわ。ねぇ、それより。グクイエ殿下は魔法で音を大きくしたりできないの?」


「できないことは……ないけど」


「なら、お願い。私はこれから歌うから、ここにいる全ての人たちに声を届けてほしいの。あ、でもグクイエ殿下は耳を塞いでね」


「そんなことをしてなんになるの?」


「迷う暇があったら行動しなさいよ」


「僕は王子だぞ……!」


「だから何よ。今はできることをやるのが大切でしょ?」


「——わかった」


「じゃあ、歌うわよ」 


 それから私は、大きく息を吸って吐き出すと同時に、ダミ声を爆発させた。


 どうせやるなら、喉が壊れるまで歌ってやる——そんな気持ちで、私は最悪の歌声を披露した。


 すると、キウイ王国の兵士たちは、もがき苦しみ、その場にのたうち回った。


 どれだけひどい歌なんだろう。自分でも呆れてしまうけど、自分の声が武器になるなんて、素敵だと思ったのは、これが初めてだった。


 そうよ。武器になるなら、使わないものはないわ。


 敵なんて、みんなぶっとばしてやるんだから!


 ——けど、聖女がまた邪魔をした。


 長い杖を掲げた聖女が光を放つと、兵士たちが回復してゆく。私の歌を無効化したようだった。だからといって私もここで負けられるはずもないし、私は歌うのをやめなかった。


 私が歌う度に、石造りの床にヒビが入り、通りすがりの鳥が落ちて行った。


 最初は対抗していた聖女も、辛くなってきたのだろう。苦々しい顔をして、長い杖を何度も掲げた。その度に兵士は元気になるけど、こっちも負けじと歌って——を繰り返し、とうとう私は血を吐いて倒れた。


「ケイラ!」


 ジンテール王子が、魔法で防御をしながら、こちらに駆け寄ってくる。


 なんでだろう、すごく喉が痛い。でも悔しい。こんなところで終わるとか、悪夢にしかならないじゃない。そんなの、私が許せない。


 大嫌いな悪役令嬢の世界で、ただ死ぬだけなんて——つまんないってもんじゃないわよ。どうせなら、この悪役令嬢の役をぶっ壊してやろうじゃないの!


 私は再び立ち上がる。


「ケイラ! もうやめろ! もういい!」


 ジンテール王子が悲壮な顔をして私を抱きしめる。けど、私はそんなジンテール王子の胸板を押し返した。


「どいて! 邪魔よ」


 そして息を吸って吐いたその時、目の前にゴォフさんが現れる。


「ケイラ嬢」


「なによ、なんでこのタイミングであなたが現れるの?」


「君はどうしてもこの国を救いたいんだね」


「私は国が救いたいんじゃないわ。あの聖女のやることが気にいらないだけよ!」


「そうか。その強い意志——君ならきっと——」


 ゴォフさんは何かを言いかけて、まるで泡のように消えた。そして声だけが天井でこだまする。


 ————歌って、ケイラ————と。


「言われなくても歌うわよ」


 私はまたもや大きく息を吸って吐くと同時に、声を吐き出した。


 けど、今度の声はいつもと違っていて——美しい声が響いた。


 透き通るような高い声は、広間を包み込み、そして魔法を使わなくても皆の耳に届いたようで、兵士たちは次々と剣を落としてゆく。


 気づくとその場にいた全ての兵士たちが涙を流して、私の歌を聴いていた。


 キウイ王国の聖女もまた、涙をこぼしながら呆然と立ち尽くしている。


 なんだろう。この感じ。


 胸が————熱い。


 私自身も感極まる中、私の歌声が響く広間は、いつの間にか戦うことを忘れているようだった。


 そして、私が歌い終えた時——みんな私の前で跪いていた。


「……偉大なる聖女よ」


 兵士の一人が、震える声で告げた。


「え? なに? 何が起きたの?」


 何がなんだかわからず、私が目を瞬かせていると、キウイ王国の聖女が口を開いた。


「戦を鎮めるその声は、アコリーヌ様の直系聖女のみが受け継ぐもの。あなたは偉大なる聖女そのもの」


「偉大なる聖女? なにそれ。それよりも、これ以上戦うつもりなら、私はまだ歌いますからね!」


「もうけっこうでございます。私たちはすっかり戦意を失いました。偉大なる聖女の歌は、大切なもの、優しい時間を思い出させてくださいました。これ以上戦をして、無意味な血を流そうものなら、今度は私が止めましょう」


「ということは、もう撤退してくれるということ?」


「はい。私は自分の罪を悔いております。聖女の名に背いてこのような悪しき所業に走るなど、この命をもって償うほか——」


 聖女はその場で懐剣を取り出すと、自分の胸に剣を突き立てようとする。


 私は慌てて聖女から短剣を奪い取った。


「戦争をやめてくれるならいいから! あなたの罪は——私が不問にできるわけじゃないけど、きっと聖女様ということでグレープ国王も温情を与えてくださるに違いないわ」


「ああ、なんとお優しき聖女様。わたくしはきっと罪を償って参ります」


「……はあ」


 さっきまでとはまるで別人のように改心(?)したキウイ王国の聖女を見て、グクイエ王子は脱力し、ジンテール王子はなぜか笑い出したのだった。






 ***





 キウイ王国から連れ去られた聖女を奪還するため、グレープ王国に侵攻したキウイ王国軍だったけど——聖女アコリーヌの直系聖女が現れたことで、戦はおさめられたという噂があっという間に他国に広まった。


 しかもアコリーヌの直系聖女というのは、キウイ王国の侯爵令嬢ケイラであることも同時に広まり、冤罪で王太子に国外追放された旨も明らかとなったのだった。


 そのため、キウイ王国の王太子は廃嫡となり、キウイ王国は第一王女が継ぐという。


 それから国外追放を取り消されたケイラは、自国であるキウイ王国に帰れることになったわけだけど——。




「ジンテール王子、お世話になりました」


 グレープ王城にまで迎えに来た馬車の前で、私はジンテール王子に挨拶をする。けど、ジンテール王子はなんとなく不機嫌な様子だった。


「あなたに拾われなかったら、きっと私は今ここにいないと思いますから」


「……本当に行くのか?」


「はい。ぶっちゃけ、私の居場所ってよくわからないけど。だってこれ夢だし」


「お前は相変わらず、面白い生き物だ」


「そうですか。私も自分が面白い人間のような気がして、ちょっと自信がつきました」


「面白い生き物とは言っても、人間とは言ってない」


 堂々と言い放つジンテール王子を見て、グクイエ王子が呆れた顔をする。

 

「兄さんはひねくれものだな。本当は最初から人間だと思っているでしょう?」


「いや、こいつは面白い生き物であって、それ以上でもそれ以下でもないんだ」


「まあいいわ。今までありがとうございました」


「……ああ、達者でな」


「ルーも、これからはジンテール殿下の言うことをよく聞きなさいよ」


 ジンテール王子のそっけない反応になんとなく拍子抜けした私は、隣にいる巨大なルーの膝をぽんぽんと叩く。


 すると、ルーは別れに気づいているのか、悲しそうにゲコゲコと鳴いた。


 それからジンテール王子が背中を向けるのを見て、私は馬車にゆっくりと乗り込むと椅子に深々と座った。


 本当はグレープ王国で暮らすという手もあったんだけどね。


 どうせなら変人の傍よりもキウイ王国でお嬢様として暮らした方が幸せよね。そこには私の居場所があるらしいし。


 でもちょっとだけジンテール王子に期待していた私がいて、もしかしたら引き止めてくれるかも、なんて思っていたけど——そんな風にはならなかった。


 結局、面白い生き物以上の存在にはなれなかったってことだよね。


 私が思っているほど、ジンテール王子は私のことを好きじゃなかったのかもしれない。


 なんだか切ない気持ちで馬車に揺られた私は、小さくなるジンテール王子の背中を見送った。


「本当にいいんですか?」

 

「ゴォフ? 今までどこにいたの?」


 目の前にゴォフが現れて、私は目を瞬かせる。


「あなた、確か王城で——」 


「僕はあなたの従僕フットマンですから、どこにでも現れます。それより、あなたのポケットにあるのはなんですか?」


「私のポケットに?」


 気づくと、私のポケットには一通の手紙が入っていて、可愛い花の封蝋が押されていた。その模様は、ジンテール王子の指輪と同じ花だった。


「なにこれ? 手紙?」


「読んでください」


 私は言われた通り、手紙を開封すると、文字に目を通す。

 

 すると、そこに書いてあったのは——。


「ちょっと! 馬車! 止めて!」


 私は馬車を止めると、王城に向かって駆け出した。なりふり構わず駆け出した私は、こちらを振り向いたジンテール王子に抱きつく——のは躊躇ためらわれたので、ジンテール王子の左手を掴んだ。


 ジンテール王子の大きな手のひらをぎゅっと握りしめると、彼はとても驚いた顔をしていた。


「もう、なんでこんな遠回しなことをするんですか。私のことが好きなら、最初から普通にすればいいのに」


「いいのか? 私はまたお前に首輪をつけるかもしれない」


「今さらです。私、あなたに愛されるのも意外と嫌じゃないみたい……ので」


 悪役令嬢の夢も悪くない、そう思った瞬間だった。 

 





                         


         第一章 終(第二章は十一月更新予定)


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