第4話 副団長の魔法レッスン

 7/19日(月曜)8:30


 ホームルームが行われている時、宝翔学園では副団長の塔依代マナからHSS隊員に送られたメールの内容を見て大騒ぎが起きていた。


 特に魔法使いの隊員はその内容に色めき立ち、1時間目の科目の小テストの点数が下がったという事態も起きたようだ。


 その内容は次のものだ。


『各位 昨今の事情を鑑みて魔法戦闘力の引き上げのため、私が特別訓練を実施します。座学、実戦を組み込んだものです。飛行魔法、感知魔法、防御魔法を中心とした空戦プログラムを行います。各隊より1名参加を募ります、なお私が指名した隊員は参加を必須にします。以上』


 素っ気ない文章だが、ナイトメア悪夢の二つ名を持つHSSの秘蔵っ子の魔法使いの技術に触れられるという事実は魔法使いの生徒の中で大きな話題となった。


 そして放課後、HSS本部の大会議室に8人ルビを入力…の生徒が集まっている。


「皆さんお疲れ様です・・・と言いたいところですが1人多いですね。超常現象研究部部長の黒胡蝶くろこちょうさんが何故居るんですか?」


 そう塔依代が銀の瞳を、隅っこに座る手入れがあまりされてない黒髪の女子生徒へ塔依代が声をかける。


 その女子生徒は魔法使い用のローブを身に着けており、薄い隈の浮いた黒目をマナに向ける。


「フフフフフ・・・・我が校の誇る塔依代さんの魔法レッスン!これは超常現象研究部として、受けないワケにはいかないわ」


 癖なのだろうか、若干卑屈そうな笑みで説明になっていない説明をする。


「はあ、これはHSS向けの訓練ですよ?魔法研究の実績は認めますが、戦闘魔法をメインにしない黒胡蝶さんは付いていけるんですか?」


 会議室の面々は、興味深そうに2人のやり取りを見ている。


「ま、そう思うのは不思議じゃないわね。と言う事で私は顧問のレオノーラ先生に交渉して、この訓練の参加許可を得たのよ。フフフフフフ」


 黒胡蝶がおもむろに広げた手紙には、確かに養護教諭の一人であるレオノーラの印と訓練参加願いの文章が書かれている。


 なお、レオノーラが顧問になっているのは魔法実験による怪我人や病人が良く出るので、その事態に目を光らせるという意味がある。


「本物のようですね」


「フフフ、失礼ですね。私が偽造なんて事をするとでも?」


「いえ、我が校の魔法のやらかしは超常現象研究部の件数が多いですから、念のためですよ。では、黒胡蝶蘭子くろこちょうらんこさんの参加を認めます」


 訓練前に疲れた表情をする塔依代を見て、指名枠の美夏は心の中で同情をしていた。


 この訓練に特殊遊撃隊からは美夏が指名されている。


 特殊遊撃室には結珠羽、ラーニャ、アリシアといった魔法使いが居るが、年齢や魔法使いランク的に順当な指名だろうと思っている。


 その他の隊から来ている面々は突入作戦で知り合った者や、顔見知り程度の者がいるので初対面の者はいないようだ。


「この訓練では、飛行魔法の習得をメインに行います。目標は低高度での飛行機動が出来る事です。何か質問はありますか?」


「それじゃあ、一つだけ。飛行魔法は使用者を限定してきましたが、なんで今のタイミングで対象者を広げたんですか?」


 田中という男子生徒が挙手をして聞く。


「それはHSSの機動力増強を目的にしています。出動時に都市化が進む岩戸市や周辺都市への展開は、交通事情の制約が大きくなっています。飛行魔法の使い手を増やす事で、そのディスアドバンテージを軽くする目的がありますね」


「確かに・・・例えば日向神社襲撃の際に、飛行魔法の使い手が多ければ被害を減らせた可能性がありますね」


 塔依代と田中のやり取りを聞いている一同はそれに納得したようだ、続いて質問する者は居なかった。


「では、まずは飛行魔法で使用する魔法言語キーワード、飛行魔法関連の法律について説明します」


 塔依代が分厚い冊子を一同に配りながら、そう言うのを皮切りにして大会議室の空気はピリリと張り詰めていったのだった。



 ◇◇◇同時刻・特殊遊撃室詰所◇◇◇


 この頃の詰所は特殊遊撃隊が再稼働した当初より、賑やかな状態になっていた。


 特に突入作戦の後は、その訓練で一緒になった隊員が任務の帰りなどに立ち寄りコトが多い。


 今日は真田が立ち寄って、楓と魔剣の話をしていた。


 作戦中は寡黙な真田だが、こういった話題では饒舌になるらしい。


 大雅とラーニャは、小鳥遊知世に付いてこの部屋にあった魔導鎧の整備に行き、アリシアは魔法の復習をしている。


 その様子を微笑ましそうに見ながら結珠羽は、時空振動予報の監視や救援要請の監視をしている。


 今日は霞が日向神社に呼び戻されているので、百合とリーサリアはこの詰所に居る。


「結珠羽ちゃん。この魔法式の記号なんだけど、どう言う意味になるの?」


「えっと。これは“範囲を広げる”と“特定範囲に強度変更”ですよ。結界に例えると、均等に張るのではなく、結界の中で強度が違う箇所を作る・・・でいいのかなー」


「そう・・・どう使うのかしら・・・?」


「んー。作戦立案が得意な楓兄さんじゃないから分からないけど、結界外周を一番硬くして敵の戦力を防ぐ事をメインにするか、あえて結界外周を柔らかくして敵を引き込んで戦う・・・なのかなぁー?」


 百合は14、5歳で年齢が止まっていたとは言え190年を生きている少女のため、立ち振る舞いには包容力があり、落ち着いている。


 クラスメイトの男子、女子双方に包容力のある少女と認識され「頭なでなでして欲しい(主に男子)」や「軽く抱きしめてもらいたい(主に女子)」という要望があるらしい。


「現代魔法はキーワードの組み合わせで展開するけど、百合さんの魔法は感覚で使えたんだっけ?」


「ええ、一緒に祝詞を唱えると効果が強くなりますけど、発動は思い浮かべるだけで出来ますね。これはリーサリアさんもそうじゃない?」


 百合が自分の横で魔法の教科書を見ながら、唸っているリーサリアに話しかける。


「うーん・・・。うん?そうよ、あたしが百合さんと繋がった時、自然と結界が張れたのよ。それは今でも変わらないわよ」


「なるほどねー。魔法の弱点は多くは詠唱が必要だけど、高レベルの魔法使いは詠唱無しで使える場合があるから2人の結界魔法はかなりのレベルみたいねー。ねえ、それで結界魔法の効果は結界と、その範囲内の味方への軽度のバフだけだっけ?」


「それと・・・第2次世界大戦の時に命じられた悪しき者の気配の察知ね。余分な神力・・・魔力を使っちゃうんだけど、それも出来るわ。人の場合は日向神社に強い悪意を持つ人を対象にしていたわ。それに来訪者が来るようになってからは、人とは違った悪意の存在を感知していたわよ。私は力のほとんどを失っているから、今の結界魔法のメインはリーサリアさんよ」


「うへぇ、やる事が多いんですね。楓君達の役に立てるからいいけど・・・」


 今までスルーしていた魔法の勉強をやる事になったリーサリアがぼやく。


「結珠羽さんの回復魔法も凄いと思います。今ここに私が居られるのはそのおかげですから」


「いえいえーそれほどでもー」


 謙遜しながら、結珠羽は百合に現代魔法の知識を教えて行く。


 魔法知識は美夏の方が豊富だが、結珠羽自身もかなりの知識があると言っていい。


 百合は日向神社に軟禁されていた立場だが、それぞれの時代の知識はあるようなので足りない部分を教える事で、急速に魔法知識を習得している。


 それをリーサリアにフィードバックをする事で、結界魔法の底上げが出来ている。


「そう言えば、神降ろしって前に聞いたんだけど。それってウチの神社と同じ意味なのかなぁ」


 日がそろそろ落ちる時間になって、結珠羽がなんともなしに口に出す。


 その頃には、真田は先に帰宅をしていてこの場には美夏を除く特殊遊撃隊のメンバーしか居ない。


 自然とその視線が百合に集まって行くのに気が付いて、百合が目を伏せる。


「あっ。ごめんなさい。言いたくなかったら良いですー」


「いえ、良いんです。いつかは言わないといけない話でしたから。日向神社の神降ろしは、人の身に神・・・天照大御神を宿らせてその力を行使する事です。もちろん人の身では神の力の容れ物いれものとしては不十分過ぎます。でも、その一万分の一でも行使出来れば、奇跡と呼ばれるほどの結果を得る事が出来るみたいです。いえ、出来ていました」


「その奇跡はどういうものだったのー?」


「そうすね・・・。荒ぶる川を治めたり、大勢の人に戦う力を与えたり・・・と数多あまたの神降ろしがあったみたいですね。私に神降ろしを迫っていた禰宜は、結界を1時的に強力にして結界内の悪しき者を一掃しようとしていました」


 教科書を見ていたリーサリアは、その言葉の裏に感じる百合の哀しみの感情を感じて口を開く。


「百合さん、その神降ろしの容れ物になった人ってどうなったの?」


「多分・・・全員亡くなりました」


「えっ。酷い・・・」


 横で聞いていたアリシアが口を押えて絶句をする。


 百合が見ると、楓や大雅は表情が厳しくなっていた。


「当時の宮司達は、神降ろしをした人は高天原たかまがはらに行ったのだと言っていました。それは確かめられませんでしたが、確実な事はほとんどの人が神降ろしの反動の苦痛の中で亡くなった方が多かった。私は結界を張っていたので、その様子を幾人も見て来たんですよ」


 百合の表情は悲壮感に彩られているが、気丈な笑みを浮かべている。


 その様子に誰もが口を開けなかった、楓はどうするか?と悩んでいる所に秋晴れのようなすっきりとした梶の声がその沈黙を破る。


「それなら、百合さんのこの先の人生にそんな事にならないように俺達が守るだけだ。・・・特殊遊撃隊の誓いその壱。百合さんに人生を楽しんでもらう!」


「は?梶さん、何変な事を言っているの?誓いってそんなものあったっけ?」


 結珠羽が失笑しながら突っ込みを入れる。


「そんなものは無かったから俺が作ってみた。それで皆この誓いはどうだ?やってみないか?」


 そう楓が見渡すと、小鳥遊がスパナを持った手で口を押えながら笑い声をあげる。


「それいいね!魔導鎧を仕上げるモチベになるから歓迎よ」


「うん、ワタシも賛成」


 ラーニャが瞳を輝かせ、両手を上げて賛意を示す。


「え、ええと。わ、わたしも大丈夫」


 アリシアは、いつものように自信なさげに賛同する。


「それなら、これから百合さんはどんな人生にしたいのー?」


 その場のノリに乗って結珠羽が水を向ける。


「え、ええと。この時代に適応してから、良い人と結婚をしたいかな・・・。わたしの若い頃の時代では、もうこの年齢は結婚するくらいの年だったのよ」


 恥ずかしそうに紡がれた言葉を聞いた楓達は、百合が確かに過去の時代に生きていた少女だったことを悟る。


「じゃあ、それができるように俺達も百合さんを見守ろう。皆、がんばるぞ」


 そう言った楓に同意の声を上げる少年少女達を見て、百合は心の中が少しずつ暖かくなっていく。


(ありがとう。この時代の若人達)


 梶達は如月姉弟の様に、自分の出自や詳細を知らない。


 だが、限られた情報から百合の事を思い、さっきのような事を言ってくれたのだ。

 この状態は、長い間結界魔法使いとして冷え切っていた心を暖め満たしていくものだ。


 百合が心の中で感謝の言葉を述べた後、リーサリアに話しかける。


「さあ、リーサリアさん。今日は結界を使った悪意の感知の概略まで伝えますよ?あと少し頑張って下さいね」


「うん、頑張るわ・・・」


 ぺちゃっと机に突っ伏していたリーサリアは、やっとの思いでそれに応える。


 だが、その1時間後に塔依代の魔法講義から帰って来た美夏の表情がさらに虚ろだった事に、さすがの百合も驚いたのだった。

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