第2話 如月姉弟の休日
7/17日(土曜)10:00
如月姉弟はHSSの非番の日に旧台場地域に出かけていた。
魔導大戦以前はお台場と呼ばれている一帯だったが、大戦末期の
多くの死者を出した場所である事と局所的に時空振動が多発するエリアのため、戦場跡を金属のドームで覆っていたが戦後すぐに公的機関の魔法研究本部、来訪者研究本部の建設を始めとして日本の魔法と来訪者研究の一大拠点となっている。
今ではドームの周りに魔法研究施設、来訪者研究施設、時空研究施設、自衛陸軍駐屯地が作られており、さらに地上150mの(通称監視塔)が周囲に6棟建てられている。
その中の一番東側にある40階建てビルの最上階、追悼ラウンジと呼ばれる場所に楓達は姿を現していた。
(ここに来るのは半年ぶりだな)
楓の目の前に黒光りする金属プレートに向かって、一心に祈っている美夏と結珠羽が居る。
『台場攻防戦行方不明者(MIA)名簿』と書かれた金属プレートに、3人の父親の蒼汰の名前が刻まれている。
魔導大戦末期の犠牲者、行方不明者の名前が刻まれたプレートや当時の記録が展示されているラウンジは台場ドームと呼ばれるドームを一望できる場所にあった。
攻防戦での死者行方不明者は官民合わせて3万人を数え、特に軍人の比率は7割を超えていた、行方不明者も1万人を超えていたが年月が過ぎるごとに犠牲者名簿に移動してしまっている。
それだけ行方不明という状況は、家族に心理的物理的負担をかけている証左と言っていい。
2人の護衛をしている楓は、一緒に祈りをするわけにもいかないので心の中で祈りを述べるだけに留めて彫られている名前を見る。
幾人かは楓が小さかった頃に合っているし、父がだれかの名前を言っている事があったので覚えている名前もいくつかある。
その一つに「
「―――楓お待たせ」
祈りを終えた美夏が立ち上がって楓を見上げる。
今日の美夏は
いつもは無造作に一つに結んでいる赤みがかった銀髪は、後ろで金色バレッタで留めている。
「ふう・・・また来るねー父さん。お待たせ楓兄さん」
そう立ち上がった結珠羽は、黒色の軍服ロリータファッションに身を包んでいる。
ストレートの茶髪は軽くヘアアイロンを当てて、毛先を跳ねさせている。
年頃の少女だが、学園では有事に備えておおよそファッショナルブルとは遠い服装をする事が多いので、その反動なのか休日は思い切りファッションを楽しんでいる。
「何、問題ないよ」
そう答える楓は薄手のジャケット、都市迷彩柄のTシャツ、カーキ色のカーゴパンツと言った実用性重視の服装。
「ねえ、楓兄さん。この間買った服はどうー?」
追悼ラウンジを出てエレベーターに向かう通路を歩く結珠羽は、自分の服を指差してその場でくるりと回転する。
「ああ、今回のも似合っている。リボンは少なめにしたのか?シンプルで良いな」
そう正直に褒めると結珠羽は「えへへー」と言って満足気に笑う。
3人はHSSでの活動に加えてブレイカーの活動で、それなりの収入がある。
勉学や遊びの時間と引き換えにした報酬であるが、それがある一定の自由を保障している事は確かだ。
この数カ月、楓は魔剣の修理費もそれで稼げたので戦力低下を心配する事が無くなってきた。
「かーえーでー?また戦いの事ばっかり考えてる」
「あ、ごめん。どうしても性分でね」
「もうっ。ここはAゾーンなんだから、少し力を抜いてもいいのに・・・」
「そうそうー。いつも張り詰めているとーパチンって弾けちゃうって楓兄さんが言っているじゃん」
姉妹に窘められて不利を悟った楓は、強引に話題を転換する。
「まあ、それは良いとしてそろそろお昼だ、どこかで何か食べないか?」
「むう・・・。そうね、お腹が空いて来たわ。ここら辺はあまり知らないから。いつもの39階のレストランにしましょ?結珠羽もいいかしら?」
「うんー。実はもうお腹ペコペコ」
休日の混雑を避けるために早めに出て来た3人は、朝食も早かったので結珠羽が服の腹部の大きなリボンを手で抑える。
「分かったよ。今なら混まないで入れそうだしな」
そう3人が目的のレストランに着くと、案内に出て来た案内ドローンに武装している事を理由に制止される。
「俺達はブレイカーだ。Aゾーンでも武装許可は下りているが?」
そう楓達がブレイカーの紋章をロボットアイに見せると『タイヘンシツレシシマシタ』とドローンが言い、窓際の席に案内される。
その様子が店内の何人かの客の注意を引いたようだ。
いくつかの視線が集まり、その視線は美夏と結珠羽に固定されてしまっている。
2人は楓も認める美少女だ、学園でも楓の居ない場面では言い寄る男子生徒がちょくちょく居ると聞いている。
それに対しては、楓が穏便に対処しているため目立つ事は減っているが、ここは学園ではない。
トラブルにならないといいが、と楓がそれらに注意していると美夏がその視線の一つに気が付いてそちらを見て、その原因が上品な老婦人と付き添いの女性という事を悟って微笑みながら無言で会釈をする。
その様子に少し慌てた様子で会釈を返す老婦人達にもう一度笑みを向けた後、美夏は何も言わずにメニューに目を落とす。
「あたしは、このパスタセットがいいー」
一連のやり取りに気が付かない風で結珠羽がメニューを指差し、楓と美夏も注文を済ます。
食事をしていると不意に館内放送に聞き慣れた警報が流れる。
『周辺に有力な時空振動を確認しました。これより防衛処置をするので館内の皆様は賊王があるまで待機をして下さい』
「避難・・・じゃないのな」
トマトニョッキを飲み込んだ楓が、自分のスマートフォンを出して情報を見ながら呟く。
「うん、Aゾーンは防衛戦力がしっかりしているから即避難にはしないようね。地元や岩戸市とは違うわ」
手早く食事を終えて電子書籍を見ていた美夏も、楓と同じようにブレイカーギルドからの情報を見ていたようだ。
「んー・・・出現予想位置は、ここの近くみたいよー。あっ防衛部隊が出て来た」
結珠羽が指を指すと軍用魔導鎧を身につけた部隊が空中を移動しながら、現場に向かっている様子が見て取れる。
学園で見る飛行魔法より高速で飛んでいる様子を見て、この地域に配置された魔法使いや装備は充実している事が分かる。
レストランの他の客も外に注目しているどうやらAゾーンの住民と思われる人々にとっては、稀に起きる来訪者襲撃は刺激的なエンターテイメントのような位置づけらしい。
「アイツはアーマードオーガか・・・重装備タイプだな。それが10体にゴブリンっぽいのが50体くらいか?」
「珍しい個体よね、地元でもほとんど見た事ない。それに対するのが陸軍の空挺部隊ね、マークは見えないけど首都防衛部隊のはず」
金属製の鎧に身を包み、大剣を携えているオーガは防御力、耐久力と突進力に優れていて近代兵器を持っていても苦労する相手だ。
特に物理耐性持ちの個体は、5.56ミリライフル弾を食らっても軽傷くらいのダメージを与える事しかできない。
「あ、始まるよー」
結珠羽が指を指すと空挺部隊が3メートルほどの間隔を開け、アサルトライフルを構えて射撃を開始する。
地上には装甲車と
4体のアーマードオーガと、10体のゴブリンが絶命するが、残りは銃弾を弾きながら地上部隊へと突進する。
「物理耐性持ちがあれほどいたのか・・・岩戸市で同じような部隊が来たらどうかな」
そう呟く楓の眼下でオーガとゴブリンの突進を、装甲車が受け止めた隙を突いて魔法使いが様々な魔法を行使する。
雷撃、太いエネルギーボルト、ファイアボールなどが来訪者の群れに吸い込まれ残余の来訪者がバタバタと絶命して行く。
動いている来訪者が居なくなるまで、戦闘開始から10分も経たなかった。
「さすが首都防衛部隊ね。あの規模の来訪者をさっくりと片付けるとはね。でも、陸軍にも複数名負傷者が出たわ」
館内放送で来訪者が殲滅した事と現場には一般市民が近づかない事が伝えられた後、美夏は伝票を持ってレジに向かう。
「国が提唱している、AとBゾーンへの疎開政策を裏付ける感じねー。でも、なんだか差別されているようで嫌だわー」
その後を追いながら結珠羽が口を尖らせながら言う、楓も同感だった。
「まあ、岩戸市みたいな例もあるし。疎開に伴った種族差別の不安もあるから、あたしは岩戸市みたいな例が増えるといいわね」
「それで、姉さんはあの現場の確認と、負傷者治療に行くのか?」
「ええ、そうね。でも軍で状況を収められるなら後学の為に見学しましょ」
そうして3人がビルを出ると、目の前で怪我人の応急治療を現場復旧が始まっていた。
大通りが封鎖されているので、解体・回収班が到着しチェーンソーなどで素早く死骸を解体し、必要な部位は保存用冷蔵庫に入れて行く。
「めっちゃ早いな。アーマードオーガ1体の処理に10分かかってない。岩戸市だと倍はかかるんじゃないか?」
「うんうん。応急処置もしっかりしてるねー」
結珠羽は兵員装甲輸送車から出て来た、
自分の目からも、その処置をしておけば本格的な治療の繋ぎになるなーと結珠羽は思う。
そうして現場処理の様子を離れて見ていると、1人の魔導鎧に身を包んだ兵士が50式ライフルを持ってこちらに歩いて来る。
「そこの少年達。処理現場を広げるので少し離れてくれないか?」
ヘルメットバイザーを上げた奥の顔は、額に大きな切り傷の痕がある壮年男性のものだった。
全身から戦闘力を感じるので、エリート兵かもしれない。
「お邪魔してすみません。後学のために見学していました。すぐに離れますね」
そう美夏が会釈をすると、その兵士はびっくりした顔になる。
「エルフさんと魔法使いさんの少女か?君は護衛なのか?」
「まあ、間違ってはいないです。ここの追悼フロアに用があったのですが、少尉さん達の戦い方は参考になりました」
「うお、君は魔剣使いなのか。追悼フロアに用事というのは、やっぱり?」
「詳しい事は言えませんが。俺の名前は如月楓と言います、台場攻防戦で父はMIAです」
「まさか・・・如月大佐の部隊にゆかりがあるのか?俺はあの戦闘の時は子供で如月大佐の部隊に助けられたんだ。その後、同じように強くなりたいと思って宝翔学園から防衛士官学校に行ったクチなんだ」
その言葉に3者3様の驚きを楓達が覚える。
「それは奇遇ですね、俺達も宝翔学園の学生なんです。少尉はHSSに居た事はあるんですか?」
「ああ、あるさ・・・これは俺の今でも宝物なんだ」
破顔した少尉がドッグタグを出して、裏面を見せるとHSSの紋章が彫られていた。
「そうなんですか・・・色々と伺いたいのですが。どの基地にいますでしょうか?もし、可能であれば俺達の戦力アップの参考にさせて下さい」
「ははは、俺は千代田駐屯地にいるよ。まあ軍務が落ち着けば、卒業生として岩戸市に行ってもいいよ」
「分かりました・・・少尉、部隊の方がこちらを見ていますが・・・」
「あ、いっけねぇ。俺は
そう言った佐奇森は、鎧を着けているのにも関わらずすさまじい速度で部隊へと戻って行く。
「・・・あれ、軍事マニアの間では最低でも50キロはするって言われているやつだぞ・・・」
「パワーアシストが無くてあの動きだとしたら、肉体能力は脅威よね」
結局、部隊の撤収までしっかりと見た頃には、夕闇が迫っていた。
帰宅を急ぐ3人は、魔法研究本部ビルの傍を通り過ぎようとしている。
そのビルに併設されている、医学研究所の車寄せに黒い高級車が止まりその中から、黒いワンピースに身を包んだ、金髪の女性が出て来た。
もう夕方なのに、日傘を開いて建物に中に入って行く様子を楓は視線だけで確認する。
目の前で楽しそうに歩いて行く美夏と結珠羽の気配を感じながら、その女性が分厚いガラスドアの奥に消えるのを見届けて、楓は力を抜いたのだった。
「ねえ、楓兄さん。
そう可愛く小首を傾げて迫る結珠羽の姿に抗する事は、今の楓には出来なかった。
「やれやれ、ご飯もそこら辺で済ませましょ」
消極的に同意をした美夏の言葉で方針が決まる。
そうして3人は休日を満喫したのだった。
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