15 戦闘開始

背後から濃い魔力の気配が楓の体を抜けていく。


それと同時に楓、美冬の視界の左側にレーダーのデザイン状のインターフェイスが表示される。


 美夏が使ったのは情報魔法と呼ばれる、魔術系統の1つである。

直接的な物理的効果は無いが軍や警察組織であれば、当然のように得られる機械式の戦術情報リンクを使用できない民間人に広まりつつある情報伝達を主にした魔法体系の1つ。


 故郷では主に民間人の自警団が来訪者と戦っていた。また、田舎にあたる地域のため通信インフラも充足していなかった、そのため美夏はその使い手としてはかなりのレベルにある。


逆に戦術情報リンクを使える組織に属する魔法使いからは、余分に魔力を使用するだけと言われているので、使用者は少ない。


「楓、美冬。総数18、追加の可能性あり。そのうち対魔法アンマジ系統が最低でも5。小型は10、中型は6、大型は4…ちょっとヤバいわ」


「ほぼ大隊規模か、正面からは危険だから追いついてくる奴を倒しながら学園方面に撤退する」


数的なものと、土地勘が無いため不確定要素が多い、こういった時は必ずといってもいいくらいに自分達に被害が出る可能性がある。


対魔法アンマジ系統と呼ばれる来訪者は、民間人が持つ火力として有効な魔法に対しての抵抗力を持つ個体の事である


また、対物理アンチマテリアル系統は物理攻撃に対しての抵抗力を持つ。


これらの個体が、人類側に物理攻撃職と魔法職の両方を用意しなくてはいけないという戦術的な制約となっている要因の一つである。


「わかった!」


「…っ楓!左奥にフレンズ1、民間人の可能性があるわ!」


今の位置からは敵の群れの左後方に、来訪者ではない誰かが居る事を美夏が感知する。


「敵の量が多すぎるな。とはいえ、ここで下がったら見殺しになる…」


少し逡巡をするが、方針を変える。


「美夏、美冬。敵左集団に打撃を集中する、フォーメーションはいつもの通り第1戦闘隊形で。その後にフレンズを救出しつつ撤退」


「「了解」」


その答えを聞いて、魔剣を握りなおす。


第1戦闘隊形とは、前衛として楓、感知魔法と指揮をとる美夏を後衛に置き、美冬が直衛をしつつ魔法で楓を支援するフォーメーションだ。


『マイ・マスター。戦いか?』


楓の脳裏に落ち着いた男性の声が響く。


「闇切丸、今日も頼むぜ。ただ無理をさせるから先に行っておく。すまんな」


『我が消失したとして、戦いのうえであれば本望、問題無い』


「そんな事言うなよ。でもカートリッジを使う場合は不快になるがよろしくな」


『問題ない』


楓は魔剣の声を聴くことが出来る、しかし故郷でもそれを仲間の魔剣使いに言うと、嘘つき呼ばわりされたので楓達家族だけしか知らない。


この特殊能力の効果は、魔剣と対話する事で剣が持つ魔力特性を多く引き出すことが出来る。


その魔剣に、切れ味と頑丈さを増加させる指示を心の声で出す。


「でぇいっ!」


茂みから飛び出してきた小柄な影を袈裟懸け切りにして、続いた影も1合もせずに切り伏せる。


「ゴブリンか」


来訪者の中では、弱小とされる種類のモンスターだ。


知能、力ともに低いが簡単な武器や防具を扱う事に加えて繁殖力が高い。


その為、取り逃がすと来訪者禍と呼ばれる定着した来訪者の大群の襲撃の原因となる。


装備をしているのは、粗末な短剣とレザーアーマーのような防具。


銃器を持った軍隊であれば、短時間で仕留められる相手でもあるので脅威を低く見られているが、まだ銃器を民間人では使いにくい日本では民間人が相手をするには、厄介な相手である。


楓が茂みを抜けると、少し開けた森が目の前に広がる。


そして既に実体化をした魔物がこちらに向かってくる。


「ゴブリン6、ホブゴブリン6…。そしてオーガ5…」


口に出すことで、後方に位置している美夏の情報魔法に新しい情報を加える。


「美冬、左集団に鋼電の矢ファルクラム!」


そう命じると、情報魔法のインターフェイスにゲージが追加される。


美冬が準備をしている魔法の発射までのシーケンスが分かるようになる。


「アクセス!我が鋭意の矢よ敵を貫け!!」


鋼鉄の塊を純粋なエネルギーで覆った、鋼電の矢の群れが楓を追い越し、そのまま敵の左集団に着弾をする。


「ヒィィィ!」


複数の悲鳴がゴブリンから上がり、数体が絶命をする。


傷ついたゴブリンを、楓が止めの斬撃を送り確実に倒していく。


その楓に棍棒が横なぎ振るわれる。


「ホブゴブリンは、さすがに一撃は無理か」


着弾した箇所から体液を吹き出しながら、怒りに目を光らせた大型のゴブリンが楓に向かってくる。


ゴブリンより分厚いレザーアーマーを着ているのと、その体格で倒しきれなかったが、それは計算済みだ。


ふと視界の奥に、右集団からのゴブリンが背後の美冬達に向かっていくのを確認する。


「敵がそっちに向かった!迎撃任せる」


「了解!」美冬が美夏を庇う体勢で大振りのナイフを構える。


「はぁっ!」


ホブゴブリンが楓の剣に合わせて棍棒を受けようとする。


その瞬間、一時的に魔剣の切れ味をさらに増加させる。


「ヒギャァァァ!」


棍棒を受け止めようとしたホブゴブリンが、胸から下半身まで深く切り裂かれて致命傷を受ける。


そのまま止めを刺すこと無く、森の奥へ急ぐ。


「この連中だと、襲われている人が女ならやばいな」


ちらりと過去の記憶を思い出す、来訪者は何故か人類やエルフに敵意を持っており、戦う力が無い者が遭遇すると、凄惨な状況になる。


「きゃぁ!がふっ」


先の茂みから悲鳴が聞こえてくるのを確認して、悪い予感が確信に変わった事を悟る。


そのまま突っ込んで救助に向かいたいが、更新された美夏からのレーダー情報を見る。


いくら最低レベルのゴブリンといえども、集団戦や罠の知識がある。


状況確認を怠ると、不意打ちなどを食らう事は過去の経験で思い知っている。


敵は2集団に分かれていて、楓へは左集団が楓に向かっている。


右集団は数が少ないが、オーガ2体や魔法耐性を持つゴブリンが美冬と美夏に向かっている。


「大丈夫か!?」


そう言った楓の目に、宝翔学園の制服をボロボロに切り裂かれ、その体も4匹のゴブリンのナイフで切り刻まれているエルフの女子生徒が映る。


かなりの血が森の地面に広がり、危険な状態である事を楓が見てとる。


カッと血が頭に上りそうになるが、意識を平静に保つ。


「このゴブ野郎・・・」


ゴブリンにとっての楽しみを邪魔されたのだろうか。全てのゴブリンが時間差で向かってくる。


(毒は塗っていないようだな)


被害者の皮膚に変色が見られないのを確認して、ゴブリンに注意を向ける。


左右から突き出されるナイフを体を捻って避けつつ、その勢いで正面のゴブリンの首に切りつけ、体を反転させて背後を狙ってきたゴブリン2匹に連撃をお見舞いをする。


3秒に満たない時間で、3体のゴブリンが地に伏す。


「グゥエ!?」


一気に仲間が倒された事に焦る様子のゴブリンに上段からの斬撃を加えて、仲間と同じように絶命させる。


「大丈夫か!」


周囲を警戒しつつエルフの少女に語り掛ける、こういった状態で意識を失う事はそのまま死に直結する。


「うう…」


微かに目を開けるが焦点が合っていない、出血を考えると無理も無いが楓はなるべく出血を増やさないように、手際よく抱える。


オーガが向かってくるが、足の速さを生かして美夏達の方へ走って戻ろうとする楓。


その目にはオーガの圧力に耐えかねて徐々に後退する状況が、情報魔法によって表示されている。


「待ってろ!」


そう呟いて、全速力で美夏達の方へ走る楓の足は凄惨な現場を見ても、全くためらいのないものだった。

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