8 HSS本部の如月兄妹

広い学園の広い廊下を進んだ先、学園の部室棟と呼ばれる建物の中にHSS本部があった。


開けっ放しの入り口から中を覗くと、教室1個分の広さの部屋にカウンターと、10台くらいのパソコンと机が並んでおり、その中の数台にはHSSの生徒が張り付いて何かの作業をしている。


左右の壁にドアが2つずつ有り、それぞれの部屋の名前の書かれたプレートがその上に掛かっている。


カウンターの前には、小さなテーブルとイス4脚が2セットおかれている。


「あら?HSSうちに何か用?護衛の相談かな?」


そんな3人に女子生徒が声を掛けてくる。  


視線を向けると、頭の両脇で長い金髪を編み込んだ女子生徒が、にこやかに3人を見ている。


「もとかさん、って人はいますか?ここに顔を出すように案内されたんだけど」


口を開いたのは、以外にも美冬だった。


「あ、聞いているわ。ちょっと呼ぶから待っていてね」


3人に手近な椅子に座るように言ってから、ヘッドセットを装着し女子生徒はどこかへと連絡をする。


「もうすぐ来るみたいよ。見学なの?」


どうやら気さくな性格らしい。いきなりタメ口で話しかけられたが、そういうことに厳しい美夏が全く不満を見せていないところを見ると、この少女の人徳といったものがそうしたようだ。


「あ、ごめん。自己紹介するね。私は高等部3年のティス・ブルーフィールドよ、よろしくね」


それに対して、3人も同じように自己紹介をする。


「へぇ。3人はそれぞれ人間、エルフ、魔法師なんだ。いいなー」


「それってうらやましい事なんですか?」


「まあね、私の場合は人間だけど、親がエルフ好きでね。エルフの子供が生まれて欲しいばっかりエルフの有名人の名前を娘に付けちゃう変わり者なのよ。たぶん、君たちの事を聞いたら狂乱するかも」


クスッと笑いを零しながらティスがいう。


「あ、バカにしているわけじゃないわよ?」


「それは分かっていますけど、正直複雑な気分ですよ」


ぼそっと美冬が言う。


「あら、ごめんなさい。もとかさんに説明を聞きに来たんだっけ?」


「ええ、そうよ。説明を聞きに来たのは私たちだけ?」


「これから、かな。今は部活の部員の争奪戦の時期だからHSSに来るのは後回しが多いのよ」


「それって、戦力の一時的な減少になっているって事?」


そう美夏が指摘すると、ティスはほぅっという表情を浮かべる。


「その通りよ、よく分かったわね」


「リソースの割り振りについては、地元で悩まされたからね。卒業生が抜けて入学生が入ってくるにしても、その間の戦力ダウンは良く起きるのよね」


地域差もあるが、転入転出が起きる傾向にある3月~4月は生徒数の増減に悩まされる。


「ほんと、そうなのよ。あなたたちは部活はどうするの?」


「そうですね、掛け持ちできるほど器用でも時間があるわけではないので、HSSに入ろうかと思っています」


「へえぇ…ウチとしては助かるんだけどね。部活を楽しむのも学生の特権よ?」


「まあ、そこは慣れたら考えてみますよ」と楓。


「あ、お待たせー」少々間延びをした声が入り口が聞こえる。


「もとかさん」楓達が立ち上がって迎える。


「ゴメンね、ちょっと保健室に寄ってきたから遅くなっちゃった。ティス、対応ありがとね」


「保健室ですか?どこか体調でも?」


「ウン、まあね野暮用よ。心配しないで大丈夫」


ひらひらと手を振って話題を止める。


「それじゃ、早速会議室に行きましょ。ティス、資料を貸してもらえる?」


「わかりました、第3会議室を空けてあります」と、鍵と一束の資料をもとかに渡すティス。


「ありがと、それじゃ行きましょうか」資料を抱えてもとかが「第3会議室」と書かれた部屋へと3人を誘う。


「はーい」と美夏が進んだのを見て楓と美冬はその後についていく。


「さてと、ちょっと準備するから待ってね」


会議室に入り、もとかが1揃いの資料を3人の前に置いてからPCとプロジェクターを起動する。


白い壁に投影された画像のトップにHSSの紋章が浮かんだあとに「入団希望者用資料」とそっけなく書かれた文字が映る。


「さてと、HSSの理念とかはある程度は知っているんだっけ?」


「ええ」


「それじゃ、ざっくりと画面と資料を使いながら説明するわね。ウチは単純に言えば、宝翔学園とそこに通う生徒、また岩戸市周辺に存在するエルフ居住区、魔法師を守るための組織であって、行動原理はそれにあったものとなっているわ。特に学園を囲むようにしている大森林の神鎮の森には関東屈指のエルフ居住区があるわ。そして敵となるのは来訪者を始め敵対組織や人物ね」


「エルフ居住区ですか、地元にはなかったので一度見てみたいわ」と美冬。


「防衛のために、神鎮の森の中に作ったのが始めなのよ。とはいえ、エルフにとっては過ごしやすいみたいなので今では人類とは違った文化が生まれているから新鮮に見えるかもね」


「わかりました、それで活動としては具体的に何を?」


「活動は、まず来訪者が出現した場合の迎撃、敵対組織の迎撃、校内の治安維持、他校の防衛組織との協力作戦、アンカー地域の奪取があるわ」


「結構盛りだくさんね、それぞれの活動の比率はどのくらい?」


「そうね、基本的に来訪者の迎撃は、時空振動活動が活発な時は多いので一番多いかな」


来訪者の出現については、以前は急に出現するものとして各国を悩ましていたが様々な研究の結果、時空粒子という特殊な粒子が起こす振動の濃度によって出現する事が確認されている。


また、時空粒子の観測によってある程度の出現確率は把握できるようになっている。


その時空振動は、人類がA~Fランクと名付けた危険度ランクの地域で、D以降では活発に起きることがわかっている。


「その次は校内の治安維持・・・まあ、敵対組織の活動がみられたら治安維持に内包しているとみていいわ。そして、回数は少ないけど重要なのがアンカー地域の奪取ね」


アンカー地域とは、来訪者が根付いてしてそこで繁殖などが起きて策源地化された地域の事を指す。放置をすると他の地域への侵攻が行われるのでつぶすことが必要になってくる。


「他校との共闘って何?」


「そうね、なんらかの理由で戦力不足になってしまった学校に援軍として行く感じかな」


「なるほど・・・。質問いいですか?」


「もちろん、何?」


「政治的に立ち回ることってあるんでしょうか?」


「…そんな事を聞いてくる新入生は初めてね。答えとすればイエスよ。でも安心して、基本的には学校の先生方が対応する事が多いわ。ただ、学生同士という事になると生徒会やウチからは団長たちが出ることが多いわね」


「わかりました、もう1点ですが。学園内には他に戦闘組織はあるんですか?」


「そうね、規模的に少ないけど2つあるわ。紅の騎士団と聖典旅団よ」


「まさか、非公認組織として活動している、あの2つの組織がいるんですか?」


活動が認められて独自に武装をし、来訪者の対抗組織として知られているメジャーな組織の2つが学園にもあるという事だ。


「それの学生部という感じの組織ね、まあ大人から色々とノウハウや武装の供与はあるみたいだけどね。今のところHSSとはよろしくやっているから、特に干渉はしない感じね」


「フーム」視線を落として呟く楓の瞳が一瞬剣呑な光をたたえる。


「あと、これは面接じゃないから気軽に答えて欲しいんだけど。質問があるわ」


「なに?」と美夏。


「あなたたちはHSSに入った場合は、何をしたいの?」


そう聞かれた美夏と美冬は、同時に楓を見つめる。


「俺達は部隊を作って、ネームド来訪者を倒せるようになりたいんです」


ネームドとは、来訪者の中でも強力な部類に入る。様々な面で規格外のため、自衛軍でも甚大な被害を受ける事もあるいわくつきの来訪者だ。


中には通常兵器では打撃を与えにくいため、多数の魔法師部隊を用意する必要もあり討伐の難易度は高い。


まず、中高生が相手をするには荷が勝ちすぎている。


「…なるほど、教えてくれてありがとうね」


さすがのもとかも少し絶句をして礼を言う。


「それで、入団試験はいつ頃あるの?」


ペラペラと資料を見ていた美夏が目を落としたまま聞く。


「直近の予定だと1週間後ね。模擬戦闘、面接、心理テストがあって及第点になれば入団可能ね。各捜査室への配属は特性によって割り振りが行われるけど・・・」


「私達は、一緒がいいんだけど。その希望は通る?」


資料から顔を上げた美夏が鋭いといって差支えのない視線でもとかを見据える。


「そこは、確約できないけど面接時に希望を出してもらえるかしら。とはいえ、かなり困難よ」


「希望は出せるのね、わかった」と美夏。


「楓、美冬。そろそろ行くわよ。もとかさん、説明は以上?」


「そうね、あとはおいおいHSSに入ったらわかるかな」


「あ、もとかさん1つだけ質問いいですか?」楓が発言をする。


「なに?」


「試験無し、そして自分達の希望が100%通せる状態での入団する方法はありますか?」


そう、何も気負いもない表情で楓は聞いたのだった。

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