6 不穏な視線を感じる

入学式は他校と同様に、午前中で行事は全て終わる。


部活の見学に向かう大雅とアリシアを見送った楓は、情報端末に表示された美夏と美冬からのメールを見て、学食へ向かった…のだが、初めての学内なので迷ったため、たどり着くのに意外に時間を食ってしまった。


案の定、待ちくたびれた風の二人を見つけて、手早く定食を確保して二人の待つテーブルに向かう。


「…?」


一瞬、自分に絡みつく視線を感じたが、見渡す前にその気配は消え去ってしまう。


「楓、遅い」


「ごめん、道に迷っちゃってさ」


「楓にぃが珍しいね」


「いや、この学園は広すぎだろ…。待たせて悪かった。ご飯を食べようぜ」


二人の手付かずの定食を見て、罪悪感を感じながら楓は箸をとる。


「はーい」


美冬がポトフに口をつけたのを皮切りに、3人は昼食をとり始めたのだった。


「ふう、噂に聞いていたけど、ここの学食は美味しいわねー」


「確かにな」


あまり料理の味に頓着しない楓も素直に定食のアジフライをかじりながら同意する。


「なんでも、学園の考えに賛同した有名店の元料理長が学食を切り盛りしてるんだって」


美冬が今日知ったばかりの知識を披露する。


「そりゃすごいな」


「この後は、もとかさんの案内どおりHSS本部に向かうのよね?」


「そうだな。学園周辺を見て回る予定だったけど、そっちを優先しても母さんは怒らないだろう」


「そうね、母さんからのお使いは急ぎじゃないらしいしね」


「大日向神社は、母さんの神社修行の同期の宮司さんが居る所だよね。手紙を預かってたけど、持って来てたの?」


「とはいえ早めに顔出しなさいって、言われたからな。電話が母さんから来た時に、まだ挨拶してないって言われた場合、俺のガラスハートが耐えられなかったら、夏ねぇが代わってくれ」


「あー。そうね…」


楓達の母親である、真希はおっとりとした性格だが、叱る時はにこやかな表情ながら、底冷えする迫力を醸し出す。


例えれば心臓を鷲掴みされたような錯覚を覚えるので、兄妹は3人とも苦手としている。


「う、うん。がんばる」


冷や汗を浮かべながら美冬が賛同する。


「時間があったらどうする?」


ほとんど昼食を食べ終わった時に美夏が尋ねる。


「そうしたら、大日向神社へ向かおう」


「わかった、それじゃ私もついて行くね」


「私も楓にぃについてく!Dゾーンだから学外の単独行動は危険だわ。それに、ココに来て間も無いから、来訪者が来た時の事を考えないと」


「…そうだな。一緒に動くか…」


「それに、今は部活の新入生の争奪戦でしょ?巻き込まれるとうざいしね。」


「そうそう、来訪者が出ても私たちなら大丈夫よ。如月小隊なんだしね」


美冬が無邪気に言う。


「だが、戦うのは最後の選択にしておこう。美夏と美冬に何かあったら、父さんと母さんに俺が叱られるからな」


「わかってるわよ。うちの隊長さん。私たちを守ってね」


楓の言葉にかなり嬉しそうに微笑んで美夏が席を立つ。


「美冬、外に出たら念のため硝子の眼で周辺監視をよろしく」


と、感知系の低級魔法の展開を美冬にお願いする。


「えー。あたし感知系は苦手なんだけどなぁ…了解」


ブツブツ言いながら、美冬が胸ポケットから懐中時計を取り出して、文字盤の硝子に指を這わして、必要な魔法の構成を展開、実行する。


魔法師は、単体でも魔法の展開は可能だが「発動体マジックランチャープロダクト」通称MLPと呼ばれる器物(オカルト的なアンティークなものが多い)を使う事で、展開スピードや発動レベルに達しない魔法の発動を補助する役割を持つツールを使うのが一般的になっている。


魔法がまだ、上手く機械制御されていない現在では、機械的なMLPを作っている企業が参入しようとして開発を急いでいるが、魔法使いの使用するキーワードを魔素に伝達する技術アプローチが複数あるため、まだ安定的な動作は実現出来ていない。この為、謂れのある器物が多いアンティーク系のMLPを、自分との相性で使っている魔法師が多い。


楓と美夏の前に、一種硝子づくりの眼それもかなりリアルなが出現し、すぐに周囲の風景に溶け込んでいく。


魔法の使用については、政府系の施設や軍事施設などでは許可が必要なことが多い。


この宝翔学園では、特に禁止されていないようだが、暴力事件と同様に人同士の争いに対してはペナルティがもちろんある。


「よっと」


美冬が硝子の目の維持を止める。


無駄な精神力の消費につながるので、使わない魔法は停止する事が肝要だ。


この場合は、サスペンド状態にして使用する時のタイムラグを無くす工夫をしている。


学食を出る寸前、再び3人に絡みつく視線が自分に向けられたのを楓は感知する。


今度は一瞬ではなく、凝視とも言っていいくらいの注目度だ。


しかし、それに気がつかないフリをしながら楓はそのまま学食から出る。


だが、これでハッキリした。


自分に向けられたのは、観察と敵意の入り混じった視線だという事が。


「ま、手を出してこなければいいんだけどな」


一言つぶやくと、楓は2人を追って歩みを早めたのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る