4 入学式始まる(美夏、美冬は転入組)

入学式が行われる大体育館(マンモス校と言われる宝翔学園には、これ以外に通常の学校では普通サイズの小体育館が3棟と武道場がある)には新入生の熱気で、早春の寒さもそこでは肩身が狭いようだ。


3人のうち、転入生扱いの美夏もまだクラスを知らされてないため、しれっと入学式に参加している。


「そういえば、栗原さんは私たちにブレイカーランクを聞いて来なかったね」


「たしかに不思議ね、なんでだと思う?」


姉妹の目が楓に向けられる。側から見ると美少女に見つめられる男子生徒、という構図だがそんな周囲の視線を無視して、楓は考え込む。


来訪者の襲撃や魔術やエルフの出現をキッカケとした混乱に対応する形で、HSSをモデルケースに世界各国にブレイカーギルドが生まれた。


その後の世界を巻き込んだ魔導紛争を経て、ブレイカーギルドは合併やアップデートを繰り返して各国それぞれで連合体を結成している。


運営方針はそれぞれの連合体で差異はあるが、民間の戦力単位としての地位を保っている。


日本では軍人や警察関係者の子弟が入る事が多く、少年少女でもブレイカーとして活動をしている者も少なくない。


既に来訪者が出現している現在では、戦闘能力のある人材は貴重なので86インパクト以前にあった、少年兵問題は既に問題にされていない実情がある。


宝翔学園にもブレイカーも居るので、初対面の話のキッカケとしてブレイカーランクを聞く事は不思議ではないだろう。


現に周囲の学生達も、それをキッカケに会話をしている事を楓も見ている。


「何かに気を取られていたのかもな、または聞くキッカケが掴めなかったんじゃないかな」


「無難な回答ねー」


「そりゃあ、美夏姉を喜ばす意図は無いし」


「まあ…ね」


「でも、楓兄貴の言うことはハズレでもないかも」美冬が口を挟む。


「さっきの会話の時に、私たちを見ている人がいたわ。かなりあからさまだったから、視線はかなり感じたよ」


さすがに内容が内容なので、声のトーンを下げる美冬。


「どんな奴かわかるか?」


「感知系の魔術を使えば良かったんだけど、もとかさんに不審がられただろうから諦めちゃった。不味かったかな?」


不安げに上目遣いで楓を見る美冬。


「いや、それでいいだろう。用事があるなら向こうからくるさ」


「いきなりマークはかったるいわね。リークかしら?」長い耳朶をいじりながら美夏がぼやく。


「リークにしろ、当面は新生活に慣れるのが先にしよう。手を出して来たら、やるかやらないかを決めよう。締め上げればリーク元を調べられるかもな」


「楓がそう言うならいいけどね」


かなり過激な対処方法を話し合っているが、悲しいかな楓達は慣れっこになっている。


「あ、そろそろ始まるよ」


美冬の一言で、楓達はとりあえずこの内容を棚に上げてステージの方に意識を向けたのだった。




校長の長話は、どこにでもある一般論に終始していたので、少なくとも楓はスルーしていた。


それより、その後の在校生のスピーチが3人にとって、注目すべきモノだった。


---在校生スピーチ:宝翔学園防衛機構団長 神代刈人




入学式のプログラムに書かれたその名前は、日本でも10指に入る知名度を持つ高校2年生の名前だった。


そして、壇上にその人物が上がった時、場内にえも言えぬ音がそこかしこから上がる。


感嘆か、ため息か、興味か、様々な感情から吐き出された吐息。


楓はその神代を鋭い視力で捉えていた。


ガッシリとした体躯に目が行くが、容貌はさほどイカツイものではない。


威厳はあまり感じられず、飄々とした青年と言うのが第一印象だった。


黒々とした瞳は、興味を隠さずにキラキラと輝き、新入生を見渡している。


「宝翔学園にようこそ、新入生と転入生の皆さん」


スピーカーから発せられた第一声は、良く通るバリトンだった。


「この学園を目指して来てくれたと言う事は、学園の理念については理解していると思う。だが、ここでもまたそれを言わせてもらう事を容赦してほしい。この世界は、人類、エルフ、魔法使いと言う垣根が出来てしまった世界だ。


その原因などについて、色々と考察はされているが、まあ、それより重要な事は、そうなっている現実にキチンと向かい合う事だ」


そこで一旦、直は言葉を切る。


「今の世界にある垣根は、解消がかなり難しいのは知っての通りだろう。魔導紛争を経てもなお、差別意識は多かれ少なかれ生じている。この学園の理念は、その垣根を無くす事だ。しかし、それでも差別意識をゼロにするのは難しいかもしれない」


HSSの団長が言う台詞では無いと思った生徒達から、ざわざわと声が上がる。


それを見て直は、気にした風も無く、むしろニヤッと笑みを浮かべる。


「その差別意識から作られた悪意や、甘美な誘惑が君たちを、悪い方向に導く事もあるかも知れない。だが、そうなってしまったら後戻りが難しい場合もあるだろう。だから、我々HSSが居る。もし君たちが、悪意の触手に絡め取られてしまったり、そうなりそうな時、なんでも良い助けを求める声を我々HSSに向けて発してほしい。そうすれば、君たちを救う事が出来るかもしれない。悪意の触手なら引きちぎろう。誘惑の言葉なら、その嘯き手を止めよう。…だが、完全に闇へと堕ちてしまった場合は、我々が全力をもって相手をする。


ま、そうならない様に、君たちは種族や立場を越えて仲良くしてくれ。私からは以上だ、実りのある学園生活になる事を祈るよ」


あまりに型破りなスピーチに、場内はしばらく沈黙に支配されていた。


ようやく、控えめな拍手が起きたのは、直が壇上から姿を消す寸前だった。


「なんて言うか…。保護と殲滅って言う相反する内容だったわね」


美冬が感想を口にする。


「ま、アレが今の団長みたいよ。高校1年の時に転入したと同時に、当時の団長からその座を獲得したらしいわね。もちろん異例よ」


タブレットにHSSの情報を映していた美夏が言う。


「でも、反発が凄いはず…。どうやって今の地位についたの?」


美冬のもっともな疑問に楓は答える。


「ハッキリとはわからないが、見た感じ戦闘力は相当あると思うな。何があったにせよ、一因にはなっているだろうさ」


「それに、十代の年齢で”銃持ち”よ」


ブレイカーでも高ランク(12階級あるうちの3ランク以上を指す)に許された、未成年でもホンモノの銃器を託された事を付け加える。


「あとは彼女の存在ね」美夏が壇上を目で指し示す。


そこには、入学式の終了と新入生の退場をアナウンスしている少女が居る。


室内にも関わらず輝く銀髪と、濃い夕焼け色の瞳をした美少女。


HSS副団長、塔依代マナ。


普通の魔術師では、複数系統の魔術を行使するのは訓練で可能だが、現在確認されている魔術7系統の全てを最高レベル行使できる事から”ナイトメア”の二つ名で呼ばれる事もある。


もっとも、自分では進んで言う事はないらしいが。


そのマナが、大体育館を見渡した時、一瞬その視線が自分達に留まった気がしたが、姉妹達が何も言っていないので楓は何も話題にする事もなく、席を立ったのだった。

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