魔剣使いの少年の姉と妹の護り方
@rin_kisaragi
1 破滅から姉と妹をまもるために長男はがんばる
桜の花びらが、これから入学する宝翔学園のバスターミナルのベンチに座る楓の頬をかすめていった。
「春だねぇ」軽いあくびをして楓はつぶやく。
彼の名前は、草薙楓。背は170cmを少し超えたぐらいの体に、筋肉がしなやかについている。
容貌自体は普通よりややマシと言う程度だろう、少しクセのある黒髪に、切れ長気味の黒目が特徴と言えば特徴だ。
背嚢と言うくらいに頑丈そうなリュックを足元に置き、右手は黒漆に龍が金泥で彫り込まれている日本刀の柄に手をかけている。
「その言い方ジジむさくない?」
楓の目線の下で、ピコピコと長く先の尖った耳が揺れている。
左手に座っているのは、楓の姉の美夏。
容貌はかなり可愛い部類に入るだろう、小柄な肢体を楓のようなブレザー型の制服に包んでいる。
小柄な肢体にもかかわらず、胸の膨らみは制服からその存在を主張しているほどに大きい。
髪の色は、赤みがかった銀髪、紅色の瞳そして尖った耳朶。
その「人ではあり得ない」身体的特徴は彼女がエルフであることを示している。
86インパクト後に地球上に出現をしたエルフと言う種族だ。
「あはは、楓にぃが渋い趣味なのは前からジャン」
そう右から笑い声を上げたのは妹の美冬。
美夏より背がやや高く、ほっそりとした肢体をしている。
髪の色はオレンジに近い茶髪、黒々とした意思の強い瞳の瞳孔に記号的な模様が印象的な美少女…なのだが、楓にとってはどちらも姉と妹である。
「うっせ」
前にその事を二人に言った時に、何故かかなり詰められた記憶を呼び起こしつつ、不機嫌な声を返す。
美冬は美夏と同じく86インパクト後に出現されたとされる魔法使いと呼ばれる種族だ。
「俺は爺ちゃんのせいで、趣味がこんなになったんだよ」
渋い渋いと2人から言われているのは、祖父の影響で和風の趣味に傾倒している事に端を発する。
3人に今は父はおらず、祖父母と母の家庭での時間が長い。
「まあ、楓がアイドルの追っかけやったり、ネイルに凝るなんて想像出来ないしね」
流行りの雑誌のページが表示されている、電子ペーパーから目を上げて美夏は楓を見つめる。
「全然、フォローになってないんだけど」
「フォローじゃないし」
「いまさらヨネ」
「うぐっ」
「はー。それにしても周りを見てもエルフや魔法使いっぽい人が多いね」
「世界で最初に、特異者の保護を謳った学園だからな。いくら特異者が少数派とはいえ、こんなに集まっていると壮観だな」
た。
「安全とはいえDゾーンの真っ只中なんだぞ。よくこんな集まったな」
「そおねー」
紅の瞳をバスターミナルの路上に向けた後、楓に戻して言う。
「毎日、起こるわけじゃないみたいだし、張り詰めていてもいい事ないんじゃナイ?」
「油断してやられるのが嫌なんだよ俺は」
傍目には、美少女のエルフと魔法使いとあまり冴えないふうの少年が言いあっているような構図だ。
否が応でも目立つ3人だが、初登校の日とあって、それに気がつかないほど、色々なものが珍しい。
「Dゾーンね、見た感じはそれほどAゾーンと違いが無いんじゃない?」
「…美夏。鈍いな」
「えっ。ちょっと!なんか失礼よ!」
やれやれと言った風の楓の言葉を受けて美夏が顔を紅潮させて抗議する。
「そーそー。人をバカにするなら根拠が無いとダメダヨ。楓にぃ」
2人の美少女の視線を受けて、視線をバスロータリーに向ける。
そして軽く刀の鞘で地面を叩く。
「確かに大きな被害の痕跡は見られないけど、かなりの範囲が修復されているよ。道路にしても、アスファルトもちゃんと直されている」
「ふうん…」
なにげない表情で説明する楓を、紅の瞳で見やる美夏。
「で、それで導かれる結論はなんなの?楓センセ」
「からかうなよ…。結論から言えば、ここは何度か大規模な来訪者の襲来を受けている。だがそれらは撃退されて、現場も修復もされている。…と言うことはここの防衛体制と修復の体制レベルは高いんじゃないかな」
来訪者とは86インパクト後に現れた、人類に敵対する生物の総称で、世界各地がこの被害を受けている。
「そう言われると、確かにね。テレビとかで見たDゾーンは、かなり滅んでたわ」
来訪者の襲来が起きるようになり、各国政府はその頻度により、地域の安全ランクをつけている。
AからFまでランクがあり、Dゾーンはかなりの頻度で来訪者が襲来するカテゴリーに入っている。
基本的にE、Fゾーンは襲来が多発するために住民は少なく、Dゾーンもあまり居住に適さないと言われる。
来訪者の出現は撃退できても、それにより家やインフラが破壊される事で、住民がいなくなった結果、来訪者が跋扈する地域もある。
「そう言う事、ここの人達のレベルは色々なスキルが高いと思う」
「総合力って事?楓にぃ」
「ああ、俺たちの故郷みたいな感じだな」
そう言った時、頭上から声が降ってきた。
「鋭いね、君たちは」
3人が顔を向けると1人の少女が3人を覗き込む姿勢で、微笑みかけていた。
女子としては長身の部類に入るだろう。
肩まであるオレンジ色の髪ををポニーテールにしており、大きな瞳が笑みをたたえて3人を見ている。
容貌は闊達な美人と言う感じでプロポーションは良く、ブレザーを押し上げる膨らみは美夏と良い勝負だ。
春なのに暑いのか、ネクタイも付けずにワイシャツの第二ボタンまで開けて前かがみになっているから、下着の端がチラチラと見えている。
そこに目を向けそうになるのを、自制心で抑えてその女生徒の目を見返す楓。
若干、左右からの視線が痛い(気づかれた)。
「わたしは栗原もとか。学園の高二よ」
笑みを浮かべて自己紹介をしてから続ける。
「ここ、岩戸市の修復技術はかなりのものよ、修復の頻度を一目で見抜くなんて、やるじゃない」
栗原もとかと名乗った生徒とは初対面だが、褒めているようだ。
「褒めてもらってどうも。で、栗原さんはそんな事で声がけを?」
「おっと。警戒させちゃったかな?私は所属がHSSだから興味深い話をしていたから、ちょっとね」
「宝翔学園防衛機構…HSSの方がこんな話に興味を?」
「あら、ウチの組織の事は知ってるのね」
「ええ、有名ですから」
宝翔学園防衛機構…通称HSSは宝翔学園に対するあらゆる攻撃行為に対しての防衛機構として、内外に有名な組織だ。
運営のほとんどを学生が行っていて、機動力もあることから、設立当初から近隣の自警団や警察と連携して学園を護り続けている。
また、国際的な組織として作られたブレイカー協会の認定している、ブレイカーとしてランクが高い生徒も居ると言う噂だ。
「君たちが興味深い話をしていたからよ、ほとんどの新入生はそんな話なんかしないしね」
「そんな珍しいですかね」
「まあね、それに私たちの保護対象のエルフさんと魔術師さんを連れているからね。私たちHSSの使命を知ってるでしょ?」
「ええ、宝翔学園が来訪者やエルフや魔術師への差別主義者に対抗するために作った学生主体の防衛機構ですよね」
「その通り。ま、君たちは目立つから声をかけたのよ。恋人同士なの?どっちが?」
もとかと名乗った少女が言った瞬間、楓の右腕を量感のある柔らかい感触が包み込む。
「私はこいつと兄弟なだけよ」
右腕を抱え込んだ美夏がキッパリと言う。
「そう、私と楓にぃは、ただの兄妹ですヨ?」
左腕は美冬に抱えられ、ほのかな柔らかい感触が左腕に当たる。
「だー!誤解を生むよーな事すんな!俺たちは家族だろうが!」
両腕を振りほどこうとするが、ガッチリとホールドされてしまっている。
「…仲がいいのね」
一瞬、目を見張ったもとかが、ややジト目気味に3人を見る。
「はぁ…。ただの姉と妹なんですけどね」
初対面の人に何回も説明してきた台詞を吐き出す。
「まあ、あなた達の関係は大体分かったわ、そろそろ入学式だから、一緒しない?」
「いいんですか?初対面なんですけど?」
「あたしは気にしないでわよ。ま、ついでに学園を案内しちゃうわよ」
「…わかりました。2人とも行くぞ」
両脇の姉妹に声を掛けると、2人はもとかを何かの仇のように見ている。
「楓にぃに、女がアプローチ。ライバル出現の予感」
「同感ね美冬」
「…いい加減、行くぞ」
腕を揺すると、今度は素直に両腕が解放される。
周りの嫉妬まじりの視線に矢襖にされるのに耐えるのも限界になった楓は強引に腕を引き離して立ち上がる。
3人に向けられていた様々な視線も、それに伴ってその密度を減らしていった。
だが、それでもなお幾つかのシツコイ視線が、自分の姉妹に向けられているのには楓は気がついていた。
(やれやれ、また同じ事がココでも起きそうかねぇ)
心中でため息をつきつつ、楓は宝翔学園への第一歩を踏み出したのだった。
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