陰キャな僕の毎日が隣の家の美少女のせいでちょっと楽しくなってきてる(仮)

なかむらみず

第1話:僕と美少女の接点


 春ってなんでこんなに眠くなるんだろう。

 ベッドで読書をしていたらしっかりお昼寝してしまった。


 カラカラと窓を開けるとふわり柔らかな風が吹いて、僕はうっとりまた瞼を閉じる。

 寝る子は育つ、か。この春休みで僕の身長はグングンと伸びているかもしれない。フフ。


「隣のアパートに越してまいりました、姫川ひめかわと言います。こちらにうちの娘と同じ年のお子さんがいると大家さんから伺いまして」


 制服の丈が足りなくなってる想像をしていると下から男性の声がした。

 玄関に人影が見えて窓から体を少し乗り出してみる。屋根で顔は分からないけど声の主だろう。

 そういえば、いつだったか引っ越しのトラックが来てたっけ。


「娘のほのかです」

「よろしくお願いします!」


 ここからじゃその姿は全く見えないが男性の隣にいるらしい。元気な声がした。


 僕と同じ年と言ったな。一年……いや、数日後には二年か。わざわざ挨拶に出向いてくる辺り同じ中学、なんだろうな。

 ……呼ばれでもしたら面倒だ。

 僕は窓をそっと閉めてベッドへ戻った。


 同級生だろうと僕には関係のない話。ましてや女子なんて関わることなどないんだから。


 僕、深山みやま洸太こうたは陰キャと呼ばれる側の人間。

 それは数日で変化できるものじゃない。

 学年があがろうと、新しいクラスになろうと変わらないのだ。



 ***



 春うららは続いているのに休みは終わる。

 陽気と僕の気分は一致しない。本日より新学期が開始された。


 構造は一緒だし備品だって変わらないのに、新しい教室は知らない場所で。あまりの居心地の悪さに一年の教室に戻りたいまである。

 別にそこまでの愛着も感慨もないけど。


 ところで僕は常々思っている。時代は流れているのに何故悪しき慣例はなくならないのかと。

 どうしてクラスが新しくなっただけで自己紹介をしなければいけないのだろう。知りたい人は各自それぞれでいいじゃないか。


 脳内で文句たらたらなのは自己紹介タイムが終了したことに安堵しているからだ。来年また同じ試練があるのかと思うと今から憂鬱だけど。


 しかし改めて気付く。

 僕はついさっきまで行われていた自己紹介をひとつも覚えていないと。

 なんなら自分が何を言ったかも。


 順番が回ってくることに頭がいっぱいでろくに聞いていなかったけど、それでも最初の方は参考程度に耳を澄ましていたはずだった。

 一番最初に自己紹介させられた彼はなんて名前だっけ。あ行なのは間違いないと思うけど。

 たかが数十分の記憶をぶっ壊してしまうほど緊張していたのか。少し情けなくなった。


「では! また明日!」


 担任の声で教室が動き出す。

 元々友人だったのか初日で仲良くなったのか分からないが、おしゃべりを始める姿がちらほら。

 なにやら人気者もいるようで数人に囲まれている席もあった。大半が女子なので凝視することは避けて僕はさっさと帰宅する。

 今日はもう十分に頑張った。


 スタスタと教室、廊下、靴箱、門……。淀みない足取りで学校から出る。フゥと肩から力が抜けていったのは校庭を見送ってから。

 あーあ、明日も学校か。

 夏休みまだかな。


「あ、あの……っ!」


 初日から怠惰なため息を吐くと後方から足音がした。次いで声がして。

 僕にでは絶対ないので構わず歩いていると、肩にかけていた通学バックがクイッと引かれた。


「……へ」


 微かに、けれど確かにかけられた力に振り返ると、見慣れた制服を着た女子がいた。

 ハァハァと乱れた息、上下する体。どうやら走ってきたらしい。


「み、みやま、くん」


 途切れ途切れに僕を呼ぶ声はまるで鈴が鳴ったみたいで。その声が今度は「みやまこうたくん、だよね」と僕のフルネームを奏でる。


「あ、……は、い」


 こくんと頷くと膝に手を付き前屈みだった姿勢が伸びる。あがった顔に僕の目は奪われた。


 真っ白な肌に影を作る長い睫毛。大きな瞳はハイライト搭載しているのかキラキラしていて。

 スッと通った鼻筋、小ぶりな鼻頭。口角のあがった口元、ほんのり赤みのある唇。それらが小さな顔にバランス良く配置されている。


 綺麗だ、と思った自分に恥ずかしくなって、ぎゅうっとバックの紐を握った。


「足速いね、気付いたらいなくなってたから走ったよ~」


 にこりと僕へ微笑む彼女の黒髪は艶があって、揺れると眩しかった。


「自己紹介で名前聞いて、あっ! と思って。同じクラスだね」


 視線を顔から耳の方へ少しズラす。

 直視できないのは僕が陰キャだからとかじゃないと思う。

 だってこの人キラキラしすぎてる。まともに見ては目がやられるよ。こわ……。


「あ、姫川ほのかです」


 ひめかわほのか……。

 確かに耳にした気がする。『ひ』と『み』だから僕の緊張が高まっていた時かもしれない。


 少し考えているとその女子、……姫川さんは首をこてっと右へ傾けた。

 見ていた耳が目に変わってバチッともろに視線が合ってしまう。ひぇ……。


「もしかして、わかんない?」


 もしかしてわかんない? とは。

 姫川さんの言葉を反芻してハッとした。

 この人もしや自分の顔面の良さを自覚しているのだろうか。私のような美人を分からないの? とでも言いたいのか。


 こ、これだから美人は……!


「私、深山くんちのお隣に越してきた」


 違った、ごめんなさい。


「この前おうちに挨拶行った姫川です」

「あ、ああ、……はい」


 そうだ、耳にしたのは今日じゃない。そうか、あの時うちの玄関にいたのはこの人……。

 覗きに降りなくて良かった。のちのクラスメイトと部屋着でエンカウントとか、嫌すぎる。


 で。姫川さんは何故僕を追ってきたのか。

 ちらちら窺うと呼吸を整えてから彼女は言った。


「朝はお父さんと来たんだけど、帰り道ちょっとわかんなくて。一緒に帰ってもいいかな?」


 ……ほ、ぉん。



 こうして中学二年、初日。女子と帰宅するイベントが発生してしまった。

 僕にとっては異常事態だ。急いで脳内会議を開こう、誰か資料をもってきてくれ。こういう場合の取説はどこだ! 会話はどうすればいい!

 ダメだ、僕の脳内に専門家はいない。解散。



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