放光の翅

小泉藍

(一)

(一)

 相槌が一拍遅れた。それにとっさに危機感を覚えた時にはもう遅かった。

 上士が目を血走らせて拳を振り上げるのが目に入り、次の瞬間激しい痛みとともに俊輔は地に転がっていた。

 それでとどまらず、足蹴りが来る。夕暮れの底に残暑の熱気が溜まる時刻、提灯や屋内から漏れる明かりも目立ち始める風情の中、上士は俊輔の胸ぐらをつかんで引き起こしまた殴りつけた。

 ひいきの芸妓に贈るとかで、荷物持ちという私用に俊輔を借りだし、しかしいざ店に入ったらすげない対応をされたらしい。満面に怒気を湛えて店を出てきた。案の定、数間も行かないうちにこの有様だ。

 道行く人々は声もかけずに過ぎ去っていく。江戸っ子が薄情というより、見るからに身分の高そうな武士が狼藉を働いているのには関わりたくないというのはどこの国でも同じだろう。狼藉相手が美女なら義侠心を奮い起こす者もいるかもしれないが、やられているのがいかにもサンピンの小男ではそれもありえない。

 ふいに、特徴のあるなまりの声々が聴こえてきた。それが耳に飛び込んできただけで、俊輔の胸はどきりとした。声の主たる一群が足を止める気配がする。攻撃が止まった。俊輔は這いつくばったまま顔を上げ、南国人らしい浅黒い顔ぶれの中、ひときわ目立つ白皙がこちらを見つめているのを目にした。

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