【KAC20247】少子化対策専用バイオ端末F【色】

あんどこいぢ

〈懐ろに匕首を呑んででかけるテロリスト的心境〉というほどではないにせよ、マヤ、レン、パムの英正令和大学文学研究会の三人組は、やはりそれなりに、逸っていた。

 何しろ女性三人で、バイオ端末を利用する少子化対策の推進派、……だと、彼女たち三人は認識している品川貫太郎教授の研究室へと向かう途中なのだ。窓外の夕焼けがやけに赤かった。


 本館九階──。エレベータホールを右に折れ、院生たちの共同研究室が二部屋並ぶ中央部をグルッと廻り込む。ホールの反対側に並ぶ幾部屋かのうち一番奥のそれが、目指す場所だ。


 どうやらドアは開いているようだ。


 ドア辺りから観るとスチール製の書架によって、プライバシーが保たれているようすだったが、コーヒーの香りが微かに漂ってくる。

 先頭に立ったマヤが声をかける。やや高目の、凛とした声だ。

「先生、お約束していた岡野、勝生、惣流です。入ってよろしいですか?」


 応じる声も二メートル近い長身の割りに、やや高目だろうか?

「おお、きたかっ。どうぞ御随意にっ──」


 書架の向こうに廻ると教授本人が応接机のうえにコーヒーを並べている。助手などはいないのだろうか? 確か出身の千葉外房大学の名誉教授で、それなりの大先生のはずなのだが……。


「おや? もう一人男子学生がいたようだったが、彼は?」

 引き続きマヤが話し続ける。

「広瀬君ですか? 彼どうも、私たちが先生をリンチにかけるとでも思っているようすで──」

「ほう、そうじゃないのかい?」


 そう返され、一瞬マヤたちも頬を強張らせる。


 斬り込み隊長的マヤに比べ、若干頭脳派的レンが会話を継いだ。

「私たち必ずしも、バイオ端末を使った少子化対策に反対ってわけじゃないんですよ。少なくともあれを受け入れた男の子たちは、私たちの胸や尻をチラチラ観たりはしなくなりますしね。彼女たちには女性との接し方を教授するようなスキットのチップも、埋め込まれているんですよね?」

「アシモフの三原則なんて文字数としちゃァあれだけだからね。チップの容量の大部分は、若年男性たちを教育するためのプログラムだよ。スキットなんてものよりはるかに柔軟なプログラムで、それこそ家事を分担しない受け入れ者に対し、彼女たちの本来の目的に関わる性交をボイコットしたりすることもあるんだよ」


 そしてもう一人の女が口を開いた。ソバージュヘアで、それでも最も女の子っぽい、三人のなかのゲリラ的存在だ。

「それじゃやっぱ、人間ですよね? 彼女たちって……」

「それはどうかな? こんなことしたら彼、怒るだろうな、なんてことで、彼女たち悩んだりしないんじゃないかな?」


 と、一応三人の名乗り的発言が済んだところで、教授が彼女たちに席を勧める。そして自分は奥の一人がけには坐らず、彼女たちと正対するソファの中央に坐った。


「さてと、君たちは必ずしも反対派じゃないって話だったが、実は私も、まったくの推進派ってわけじゃないんだよ。まあそれで国レベルの諮問委員会なんかには入らなかったし、この永山センター市の委員会でも、中立的というかなんというか、第三の立場みたいな感じなんだ。そこの君──」

 教授がマヤの左手にかけたパムのほうに視線を送った。

「先ほど君は、彼女たちは人間なんじゃないかといったが、私もその立場に近いかな……。彼女たちの扱いがあまり苛酷なものにならないよう、意見する立場さ。とはいえ私は科学史が専攻で、本学では一般教養の倫理学まで受け持っている。つまり人文畑の人間で、そうそうナイーブにロボットたちにも人権を、……なんていえる立場じゃない」


 パムはそこで、割り合いはっきり、噛みつくような姿勢を示した。


「先生は倫理学を講じながら、あんなことを許してしまうんですかっ? 動物たちの権利まで叫ばれてて、天然肉にコダワる美食家が、ネット上で炎上しちゃうような時代なんですよっ? それなのにクローンたちに対しては、不本意な性交が強いられていたり、危険な環境での重労働が強いられていたり、彼らを使っての新薬の実験まであったりっ……」


 噛みつかれた教授はなぜか、むしろ微笑むような口許である。舐められているのか? いや、そうでもないようすだった。


「頼もしいな。本当にそう感じてるよ。若者はこうでなくちゃ……。でも残念ながら倫理学なんてモンは、トロッコ問題のようなあまりあり得ないような状況をあえて仮定し、それに乗っかってああでもないこうでもないと、延々繰り返してるようなモンに過ぎないさ。所詮ヨタ話さ。御当人たちは深刻振っちゃいるがね。クローンにも自我があるか? 疑問符をふされているのは得意になってそれを論じてる者たちの自我じゃない。もしポイントを切り替えなけりゃ線路の先にいる少年が一人死ぬ。ポイントを切り替えりゃァその先にいるのは三人だが、あまり長くない難病の患者たちだ。どうする? その場合だって御どうようさ。ところで君は、確か惣流パム君っていったね? 君はいま話題の少子化対策専用バイオ端末の問題だけでなく、クローン全般の問題に話を拡げてきたね? だったらその一般化の度合いを、もう少し強めてみもいいんじゃないかな? とりあえず素朴に物質的世界を認めた場合、その物質的存在としては確かに人間だが人間とは認められていない存在がいるって話だよ。これって一体、どんな状況なんだって思う?」

「さあ、でも……。なんか厭な状況ですね……」

「いかにも──。でもある思想潮流の隆盛以降、この一般化といういき方のほうにこそ、逆に危険が孕まれているっていうんだ。そして何が人間で何が人間じゃないかっていうような話は、その都度その都度の命がけの飛躍で決めるしかないっていうんだ。まぁ確かにいま現在、そんな状況が世界を覆いつつあるわけだけどね。ところでね、そんな彼らの論法をあえて再現するとすりゃあ、さっき君は、動物たちの権利まで叫ばれててっていういい方をしたね? 人間すべてって一般化の裏には、そんな風に必ず、排除される何ものかがあるっていうんだ」

「そんな私、何も……。動物たちのことを……」

「じゃあ動物たちにも人権を認める? でもそんなことしたってしょうがないって彼らはいうのさ。それじゃ一般化の度合いがさらに強まっちゃったってだけだからね。きっと君は、また何かを排除しちゃったんだろうね。植物かな? 芥子の実かな? でも誰かの権利要求の前にしゃしゃりでてきて、頼まれもしないのにそんなヨタ話で煙幕張っちゃうような連中が、その排除される誰かのことを本気で心配してるっていう風には、私にゃ到底思えないんだけどね」


 やはりこの教授は喰えない男だ。パムは言葉を継ぐことができない。

 話題を変えるしかなさそうだった。


 斬り込み隊長は今回もマヤだ。当然唐突な発言になったが……。


「彼女たちが現われるまで、ずっと女性美は多様化のほう向で進んでいましたね? フル‐フィギュアドなモデルがフィーチャーされたり、往年の熟年モデルたちがランウェイに戻ってきたり……。それに腋毛を剃らない女性たちが現われ、もう数十年以上になります。にも拘らずクローンたちは体毛が薄く、肌の色も白く、目鼻立ちなんかも、皆すっきりした感じですよね?」


 教授はまたフッと笑った。


「分かっていんるだろう? 君たちはちゃんと、勉強してきているようだからね。それは本当に、センシティブな問題なんだよ。瞳の色、髪の色、そして特に、肌の色の問題はね──。それは今回の問題以前に、一般労働向けクローンの、いや、ハードマシーンのデザインのケースでさえ、問題になったことだったんだ。なぜってロボットはやはり、奴隷を想起させるからね。そんなロボットたちがなんらかの民族の特徴を有していたりしたら? 今回の場合も青年男女にアンケートを取ったら、圧倒的に白人男女の写真をタップしてそんなバイオ端末がいいっていう話だったんだ。とはいえ確かに結果的には、バイオ端末の受け入れ希望者は圧倒的に男性たちで、ある民族の男性たちに供されるバイオ端末たちがある民族の女性たちの特徴をあからさまに有しているとしたら? ということでバイオ端末に関しては、いやクローン一般に関してもだが、彼らの民族的特徴は当該国家の国境を越えるべきでなく、当該国家国民の平均的外見に近ずくよう調整されるようになったんだ。皮肉なことにそのため、多民族国家だったはずのアメリカが、やはりWASPの国だったってことが証明される結果になったんだけどね」

「彼女たちが平均的ですか? いくら美の基準はひとそれぞれだといったって、彼女たち明らかに、美人ですよね?」

「まあ要するに彼女たち、化粧が上手いんだな。そういうデータもチップに入ってるんだ。スッピンの彼女たちは可もなく不可もなくって感じなんだよ。もっとも化粧ノリがいい肌になるよう調整されちゃいるがね。というわけで彼女たちに汗っ掻きはいない。その点は平均からズレれてるかな?」


 次の質問はレイだったが、もうそれで彼女たちには、大した質問は残っていない状態だった。早くも打ち止めとなってしまったわけだ。


「それじゃ遺伝的多様性の確保の件はどうなるんですか?」


「確かにその点は皆大いに遺憾なんだが……。今回の問題は次世代の人口構成に関わる問題だ。そこである民族的マイノリティのグループのなかには、むしろ積極的に自分たちのゲノム使用を許可し、自分たちの遺伝子を支配民族に注入しようという戦略を立てたグループもあることはあったんだが……。不謹慎だがそうなったら面白いなと思ったよ。なぜってそれは、遺伝子レベルでのクォータ制だからね。しかしたとえ一時的にであっても、多くのクローンたちの顔が自分たちの顔に酷似してるって事態を是認できるような民族的マイノリティのグループは、存在しなかったようだね……。ところでコーヒー、冷めてしまったようだね。スティックシュガーを添えといたんだが、もうそれ、溶けないね」

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