第28話 死地において吹く風


「ねぇ、この演習に意味なんてあるのー?」


 三羽烏の紅一点、鏑木翼は、不慣れな行動に不満を抱いていた。


「翼ちゃんってば、機動歩兵イェーガーでも後方で狙撃するタイプの子なんですけどー?」


 数十分に渡る、何もないと分かり切った場所での偵察任務。

 気乗りもしなければ、行動が緩んでしまうのだって、仕方のないことだった。



「こちらバード1。バード3、文句言ってないで報告しろ」

「ブーブー! はーい。こちらバード3、敵影なんてぜんっぜんな――」


 ゆえに。


「――っ!?」


 それができたのは。

 常日頃の研鑽の結果、磨かれた勘があったればこそ、だった。



 ブンッ!



「なっ、ぁっ!?」


 無警戒に十字路に飛び込もうとした翼の足が、かすかな違和から反射的に退いた。


 直後。



 グシャッ!!!



 彼女が突っ込んでいくはずだった場所へ、巨人の腕が振り下ろされた。

 コンクリートが破砕され、飛び散る破片が彼女の在ったかもしれない未来を示す。


「っ!!」


 見てからでは遅かった。

 わかっていても、がなければ間に合わなかった。



「――バード3より報告っ!」


 チャンネルを開く。

 そうする間にも、敵は確実に翼の命を刈り取るために、その巨体を動かしている。


(止まるなアタシ! 止まったら殺される!!)


 本能が警鐘を鳴らす。

 命の危機に全身が強ばりそうになるのを、気力で抑え込む。



「こちらバード3!! ハーベスト! 敵! 発見! 現在交戦中!!!! 助けて!!」


 しゃにむに叫ぶ。

 もうここは戦場で、死はすぐそばに迫っていた。



      ※      ※      ※



「おいおいおい!?」

「冗談じゃないぞ!?」


 バード1とバード2、木口猛と乃木坂駆。

 彼らは翼が襲われた時と同じくして、交戦状態に入っていた。


 相対したのはいずれも小型の妖精級――フェアリーやゴブリンと呼ばれる者たち。

 幸いにも実戦を想定した実弾兵装だったおかげで、それら相手に善戦していた。


「カケルちゃん死にたくない死にたくない!」

「死にたくないなら動け!」


 移動の邪魔になりそうな敵に銃弾をばら撒き、囲まれないように足を動かし続ける。


「こんないきなり初実戦とか、無茶すぎるでしょ!」

「だなっ! だがおかげで俺たちも、晴れて実戦経験者だ!」

「2階級特進とか、マジ勘弁ですよっとー!」


 手早く合流し、二人で協力しながら活路を切り拓く。

 思った以上に体がついてくるのもあって、存外に余裕をもって対応できていた。


「こちらバード1! バード3! 生きてるか!」

「こちらバード3! 生きてる! 生きてるけど死んじゃうかも!! きゃああ!!」

「バード3! 応答しろ!」

「死ぬ死ぬ死ぬ! むりむりむりーー!!」


 叫びと共に響く破壊の音は、それなりのサイズ感がある者の仕業だとすぐにわかった。



「バード2!」

「了解っ。高所とるよ!」


 猛の呼びかけにすぐさま意図を理解して、駆が契約鎧のチェスト部位にあるギミックを作動させる。


 バシュンッ!


 それは左右それぞれ強靭なワイヤーフックを射出し、ビルの壁へと噛みつかせては。


「よっと!」


 ワイヤーを回収する動きで駆の体を宙へと跳ね上げ、さらに途中で噛みつき部分のロックを外し、勢いそのままにビルの上へと移動した。



「目視確認! バード3が交戦してるのは間違いなく、ゴーレムだ!」

「他には!?」

「ウジャウジャいるねぇ。フェアリー、ゴブリンはもちろん。ゴーレムは4,5……隠れてんのがまだいるんじゃないかなぁ!」


 さっきまで、気配すらなかった敵たちの、突然の出現。

 まるで謀ったかのようなタイミングに。


「まさか、待ち伏せされていたのか!? ……コントロール・ズーへ! こちらバード1!」


 必死の思いで、指揮車へと報告を飛ばした。



      ※      ※      ※



「どういうことですのっ!?」


 その報告に、天常輝等羅は怒りをあらわにした。

 彼女の視線はすぐさま、自身のそばに立つ昼行燈を装う男へと向けられる。


たばかりましたわね!?」

「いや~、これは不測の事態ですって。天常家のお姫様」

「建岩がマーキングに関し研究を進めているという噂は聞いていましたが、まさか……!?」

「ははは、そんなまさかまさか。ありえないですって、えぇ、ほんとほんと」

「いけしゃあしゃあとっ!」

「お嬢様いけませんっ!」


 今にも殴りかかりそうなところを従者に抑えられ、ほんの少しだけ冷静になる。

 が、それでも抑えられない怒りに、彼女は口を開いた。



「この状況、私も出ますわ!」

「ダメです」

「なっ!?」

「まだ状況が読めない。よって、ミューズとリャナンシーの出撃は許可できない。これは命令だよ。天常家のお姫様?」

「本当、このっ!」

「お嬢様っ!」


 どこまでも神経を逆なでするような男の、六牧司令の物言いに憤る。

 そんな彼女の怒りをまったく意に介した風もなく、彼は真っ直ぐ見つめ返して言い放った。


「もう一度言うけど、これは僕たちにとって予想外のアクシデントだ。そんな状況で貴女ほどの貴重な存在を安易に危険に晒すわけにはいかない。どうかご理解を」

「っ!!」


 およそ信用できない言葉。

 それでも、この場で和を乱すのが得策でないと判断する程度には、彼女は政治家だった。



「賢い選択です。天常家のお姫様」

「………」


 3度告げられたその呼び名に。

 輝等羅は強い不快感を覚えながら、己の無力さに歯ぎしりした。


 そんな彼女にチラリと視線を向けてから。

 六牧司令は霊子チャンネルを通じて、努めて冷静に指示を出した。


「コントロール・ズーから各員へ。敵発見の報を受け、これより我々は戦闘行動に移る」



      ※      ※      ※



「戦闘行動だと!?」


 演習中に発生した不慮の遭遇戦。

 そんな折に出された司令からの指示に、佐々君が驚きと、戸惑いの声を上げた。


「バカな! 仲間の回収後速やかに撤退するべきだ!」


 佐々君の指摘はもっともだ。

 普通、まだまだ訓練中の身である俺たちに、実戦させるのは分が悪い。


 良くて肉壁、悪けりゃ何の成果も得られないまま。

 ただただ壊滅してしまうだろう。



「天常たちを出さないのは、政治か!? だったらこの出撃は……!」

「落ち着け、佐々君」

「!?」


 今はあれこれ考えてもしょうがないタイミングだ。


「大事なのは今この瞬間何をするべきか、だろ?」

「ハッ……そう、そうだな黒木!」


 そう。大事なことは、何をするべきか。

 実のところ、戦場における精霊殻のパイロットが担う役割は、そんなに多くなかったりする。


「ボクたちはパイロット。ならやるべきことは……敵の殲滅だ!」


 そしてそれをやると決めているなら、迷う必要もない。



「――ほへっ?」



 に、キッチリとどめを刺してから。


「ドッグ2よりバード3へ。そのまま後方へ下がれ。帰り道は安全だ」


 俺は足元の鏑木さんのリンカーに、撤退ルートの情報を転送した。


「なん――?」

「助けてって聞いた以上、そりゃ、助けるさ」

「!?」


 先行入力していた移動ルーティーンに従って、俺の精霊殻がジャンプする。

 目指すはもちろん、敵陣深くの鉄火場だ。



「なっ!? もう動いていたのか、黒木!?」

「討ち漏らしが出る。そっちは任せた!」


 佐々君からの通話を切って、本腰入れて戦闘開始。


『――戦場のMAP情報を更新します。オウ、隠レテル奴モ、ばっちり、ダゼ!』

「OK、ヤタロウ。そのままお目々、貸しててくれ!」


 契約しといた精霊の、空の視点を借り受けながら。


「……さぁ、狩りの時間だハーベスト。推しの未来は、絶対に邪魔させねぇ!!」


 両手に構えたアサルトライフル。

 引き鉄引いて、デュエル開始!


「うおらあぁぁぁぁーーーーー!!」

「ゴブビィヤーーー!?!?」

「ピギィィーー!!」


 派手にぶちまけ、無双の時間だっ!!

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