第18話 天常輝等羅の見た未来
授業に出るから、と。
彼――
残されたのは私。
天常家次期当主にして、いずれ世界の頂点に立つ者たる
「……細川」
「ハッ」
私に仕える忠臣、
「細川。貴女の目から見て、彼はどう映りまして?」
「そう、ですね……」
私からの問いかけに、渚は即答を避け考えるしぐさをしてみせる。
それは彼が、優秀な彼女をして一言では言い表せない存在であることを意味していて。
「……たとえるならば、死神や怪物。そういった言葉が出てくる類の者だと思います」
「なるほど」
それでもなんとか形にされた答えに、私も同意の頷きを返し。
「黒木修弥。彼は、少なくとも人の領分に収まる器ではありませんわ」
今日、初めて真正面から相対した事も含めて。
彼について、そして彼から伝えられた話について、思いを馳せる。
(千代麿が熱を上げるのも納得ですわ)
彼は……黒木修弥は。
あまりにも、危うい存在だったんですもの。
※ ※ ※
偉大なる父が一代で築き上げ、御三家の一角にまで上り詰めた、誉れ高き天常家。
日ノ本随一の財力をもって世に貢献し、今は人々のインフラを守る命綱たる使命を果たす名家。
ゆえに。
表立った世界においては比類なき力を持った存在だという、自負がございましたの。
(一瞬で、粉々でしたわ……)
“緑の風”黒木修弥。
パイロットとして類まれなる才能を持った個人――ただ、それだけ。
そう思っていた相手は、情報戦においても一流を超えた超一流。
およそ一個人に収まらない力を持った、まさに脅威と呼ぶべき存在でしたわ。
「彼の話しぶりからして、優れた洞察で導き出した仮説、などという生易しいモノではないのでしょうね」
会話の中に混じった断定と推察の言葉。
それらを彼は明確に使い分け、私の問いに答えていた。
(すなわち彼の知識には、それらを選り分けられるほどの“下地”があるということ)
今回聞かせていただけた話は、いわば氷山の一角。
私よりも年若いその身の内には、恐らくこの世界の深淵にも届く叡智が眠っているに違いありませんわ。
「言葉一つ一つに重みがあって、耳を疑いましたわ」
実利を重んじる、天常家。
その欲するところを踏まえた話は、明らかにこちらに対する配慮がありましてよ。
(未来予知としか思えないほどの強度で伝えられる情報の山。これで私をただ担ぐための大ぼらでしたら、
情報の本格的な精査はこれからするとして。
おそらく彼の話はかなりの確度をもっていると、天常家たる私の直感が言ってますの。
今後の相談なんて嘘ばっかり!
明らかにこれは、知識の伝授でしたわ!
「何より、私が“理解できるように”言葉を選んでいたのが、一番癪ですわっ!!」
屈辱!
圧倒的、屈辱!!
秘密主義で得体のしれない建岩家を除けば最も情報通で事情通を自負するこの天常が!
“まぁ、キミならこのくらいなら理解できて話が通じるよね”みたいなノリで!
話題を選んで、話されたことが!!
「完っ全っに! お情けかけられてましたわっ! ド畜生でございましてよーーーーっっ!!」
「お、お嬢様っ! 落ち着いてください!」
この私が! 天常輝等羅が!!
彼の影すらも踏ませてもらえなかった!!
(それほどまでに、彼は“遠い”のですわね……!)
私の終生のライバルにして幼馴染、佐々千代麿が懐いたのも頷けましてよ。
“教育の佐々”たる彼にしてみれば、先人というのはどこまでもリスペクト対象ですわ。
それに、私の予想が正しければ……。
(貴方なら、見過ごせませんものね)
なんたって。
超が付くほどの世話焼きですもの。
さもありなん、ですわっ!
「……それで、お嬢様」
「なんですの?」
「彼を、黒木修弥をこの場でサポートするとお決めなされたのは、どういった了見なのでしょう? 私には、名をもって誓うには、早計だったのではと思えまして……」
「あぁ、それ? そんなの決まってますわ」
彼との会話に隠されたピース。
千代麿、私だって見逃しませんでしたわ。
彼の望み、彼の目指す場所。
それは。
「あの“死にたがり”を、絶対に死なせてはならないから、ですわっ!」
己の終わり。
死。
ですわ。
※ ※ ※
「黒木さん。あなたはこの
彼の心を知ろうとして、投げかけた問い。
ただ、知りたい。
そういった気持ちとは別に、私の中には一つの、間違っていて欲しい解がありましたわ。
(あれだけの武を、知識を、惜しげもなく披露するその心向き。他者をどうとでも支配し我を通せるだけの強大な力を持ちながら、相手に配慮し、合わせようとする姿勢。それらの態度を構成するに至った、その根源)
どうか、間違っていて欲しいと心から願っていたそれは。
「会いたい人が、いるんだ。……俺はその人にために今、ここにいる」
迷いなく返された彼の言葉に。
(……あぁ。そう、ですのね)
叶わないのだと、察した。
(彼の会いたい人。それはきっと、もう現世では会えぬ方なのですわ)
すなわち、死者。
既に彼は、大切な何かを失ってしまっていたのですわ。
(……当たり前ですけれど、この世界は、私たちは、大事なものをあまりにも簡単に奪われてしまう)
家族を、友人を、土地を、誇りを。
侵略者は情け容赦なく蹂躙し、破壊し、奪い去る。
(彼もまた、その一人だった)
だから、戦いの中へと身を投じた。
そして才能を開花させ、緑の風と呼ばれるに至った。
(けれどその先で彼が望んでいるのは、きっと……)
思考する私に、彼の言葉が重なる。
「俺は戦って、戦って、戦い抜いて。その果てでその人に、胸を張って会いに行きたいんだ」
(やっぱり……そうですのね)
彼は、勝つとは言わなかった。
戦い抜くのだと言った。
(つまり彼の戦いの果てにあるのは、己の終わり。友の待つ冥府への旅路)
確信する。
彼がこの地で、戦いの最前線となるこの場所に求めているもの。
それは――。
(――意味のある死、なのですわね)
きっと。
貴方が失った人物は、戦って死んだのでしょう。
だから貴方は戦って、その果てに至らなければ顔向けできないのでしょう。
(武も、知も、その死のために、その思う誰かのために使うのでしょう。私たちなど……眼中にないのでしょう)
だからあんなにもたやすく、そして残酷に。
人類の敗北を予測できた。
だからこんなにもあっさりと、優しく。
その力を私たちへ伝授する。
(きっと。私たちに、一欠けらの興味も持たず期待もしていないのですわね)
それはとても高潔で。
それはとても傷ましくて。
だからこそ。
(この天常輝等羅を前に、よくもそんな考えを見せつけられましたわね!?)
絶対に、許容するなどできませんわ!
・
・
・
「――細川!」
「ハッ!」
「彼は、黒木修弥は死神でも、怪物でもありませんわ!」
そんな高尚なものになど、してやりませんの。
「彼はただの死にたがりの、一般ピーポーでしてよ!」
「ハッ! は?」
「あれはただ、才能が有って、ものすごく知識がある、一般人! 貴女と同じ、ただの人ですわ!」
私と彼は違う。
彼は、特別な存在であるこの私が庇護するべき、有象無象の一人。
「ゆえに、その損失は世界の未来に大きな影を落としますの。だから……!」
彼を失ったら、きっと。
本当の意味で人類は敗北してしまうと確信したから。
「あれの望みは絶対に邪魔して、生かして生かして、力も知識も搾り尽くしてやりますわよ! そのためだったら佐々だろうがなんだろうが協調して連携してバックアップしますわ! なぜならば――」
この名を賭すのに、迷いはありませんの。
「――この天常輝等羅こそが! 人類の未来を守る、天の頂なんですもの!!
黒木修弥!
貴方はこの私が、天寿を全うするまでぶち転がして差し上げますわ!
お覚悟なさい!
おーっほっほっほ!!
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