第14話 佐々君の献身、あるいは推し活職人の朝活


 推し活職人の朝は早い。


「えぇ、まずは体力。推しを推すためには必須です」


 九洲本土と天久佐本島を繋ぐ多数の島々で構成される――上天久佐かみあまくさ市。

 春の夜明けを待たず外へ出て、俺は暗がりの中走り出す。


「スッ、スッ、スッ、スッ……」


 呼吸を乱さず、遅すぎず、けれど急ぎすぎないように。

 慣れ親しんだランニングコースを、俺は一定のペースを刻んで走る。


(よし、次はめばえちゃんとの昼食イベントその2を脳内再生……!)


 頭の中に浮かべるのは推しの事。

 推しとの日々を想えば、どんな困難を前にしても心を奮い立たせることができる。



「へひっ、へはっ、おっ、ご、ごほっ……!」

「……よし、ペースアップだ」

「へぁぁ?」


 ゴールに向かって駆ける足は止まらない。


「ちょ、ま、まって、くろき……」

「スッ、スッ、スッ、スッ……」

「くっ、う、うぉぉぉ……!!」


 この体も魂も、推しに捧げるためにある。

 であれば、その身が過ごす一分一秒とて、推しのために使われるべきなのだ。



「あ、ぉ、げふっ……ぅぇっ」


 ゴールに着いても、準備運動はまだ終わらない。 


「あ、ま、待ってくれ黒木、ボクはまだ……」

「ふんっ!」

「クピッ!?!?」


 壊れにくいしなやかな肉体は、日々の柔軟運動、その積み重ねの先にこそ生まれる。


「あ、まっ、んんっ! くぁっ!」

「ふんっ! ふんっ! ふんっ! ふんっ!」

「あぁ~~~~!!」


 しっかりと体をほぐし、柔らかくして、次の運動へと繋げていく。

 そうすることで、推しを全力で推す力を十二分に発揮する基礎を築き上げるのである。



「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……!」


 しっかりと水分を補給したら、次はいよいよ本格的な運動に入る――。


「すぅー……ふぅー……」


 ――こともなく、演舞……体操へと移る。


 それも夏休みの朝にやるようなノリのいいラジオダンスではなく、終始ゆっくりとしたテンポでの、これまた体の伸びを意識した動きを中心としたものだ。


「必ずしも激しい運動である必要はないんです。大事なのは、使う筋肉を意識した動き」


 捻り、捩り、伸ばして、ほぐす。


 ゆっくり、ゆっくりと、一つ一つの動作の美しさを意識して、一つずつ工程を進める。


「朝はすべての始まりを形作る時間。いじめてやるのはもっと後からでいい」


 言うなれば、全身に一日効果が出る強化バフをかける作業だ。

 準備に準備を重ねて、今日という日を有意義に過ごす下拵えをするのだ。



「うっ、ぎっ! なんだこのポーズ、きつっ、ぐぉぉぉ!!」

「すぅー……ふぅー……あと10秒維持」

「ひぎぃっ!?」


 動きこそ止めないが、穏やかな時間。


 考えるのはもちろん……推しの事。


(イッヒリーベディッヒ黒川めばえちゃんとの妄想シチュエーション第43章、幼馴染俺との放課後デート、ゲーセン編……!)


 想像力をフル稼働!

 圧倒的な尊みが、体に負荷をかけてくる!!


「ぐっ……! だが、まだだ!」


 乱れそうになる体幹を、日々の積み重ねと想いの強さで調整し、維持に努める。


「ぐぅぅ……くっ、くろき。キミはどれだけ鍛えているっていうんだ……!?」

「……むんっ!」

「ぐぁーーーーっ!!」


   ・


   ・


   ・


「はっ、はっ、はぁっ、も、もう、だめ、だ。くっ、すきにしろ……!」

「………」


 今日もまた、一つ。

 壁を乗り越えた。


「ふぅー……」


 静かに感謝の礼を取る。


 すべては推しの存在があればこそ。

 彼女と同じ世界の空気を吸っているという事実が、俺に無限の力を与えてくれる。


 心技体。

 すべてを鍛える2時間の日課。


 こうして、推し活職人の朝は過ぎていくのだ。



「はぁ、はぁ、はぁ……あぁ、今日もまだ、黒木に追いつけなかった……!」

「佐々君」

「! な、なんだ黒木ごほっ、えほっ!」

「あんまり寝こけてると今日も遅刻するぞ? 朝ごはんもちゃんと食べてからくるようにな」

「へっ、は……まさか」

「じゃ!」

「あ、まっまって……ぐふぅっ」


 休憩も終わったので朝ごはん食べに帰宅する。


「せ、せめてボクのことはよびすてに……うっ」

「坊ちゃま、お迎えに……千代麿坊ちゃまーーーーーっっ!?」



      ※      ※      ※



 差し込む朝日を浴びながら、のんびりと早歩きする帰り道。

 俺は充実した気を全身に纏っていた。


 それにしても……。


「いやぁ、今日も充実した朝活だった!」


 やっぱり一緒に訓練してくれる人がいると効率上がるな!


(なんか知らんが佐々君、やたらと俺に張り合うようになってくれちゃってねぇ)


 毎日のように朝押しかけてくるから、毎日のように朝活に付き合ってもらってるのだ。



(佐々君は強くなって万々歳! 俺もいい訓練相手ができて万々歳! WIN-WINって奴だぁ……!)


 実を言うと、一人で能力値を上げるのには限度がある。

 体力と気力を除く能力値は、ステ1500辺りで伸びが頭打ちになり、毎日発生するステ減少と相殺されだすのだ。

 最高効率でギリギリ収支プラスになるくらいで、それもスケジュール的にはかなりいっぱいいっぱいでツラいツラいだった。


「だが、今は違う!」


 ギュッ!


 そんな限界を突破するために必要だったのが……誰かと一緒に訓練すること!

 誰かと一緒に訓練すると固定値ボーナスが貰え、さらに能力値を伸ばせるようになるのだ!



(おかげで運動力1800越え達成! この調子ならゲームじゃ無理だった夢の運動力2000も行けるかもしれねぇ!)


 そして、俺のステ伸びはもちろん、佐々君のステがゴリゴリ上がるのも見ていて楽しい。

 能力値は低い方が、訓練で上げやすくっていいんだよな。


(ホント、佐々君様様だな。これからも大いに鍛え上げよう。目指せオールステS、円卓盾勲章!)


 滑り出しは上々。

 この調子でどんどんみんなの能力値をぶち上げていきたいところだ。



「母さん、ただいま!」

「おかえりシュウヤちゃん。あら、お友達は?」

「迎え来てたよ! ご飯ある?」

「できてるわよ~」


 お。今日の朝ごはん豚肉の生姜焼きあるじゃん!

 いくつかの食材は本土からの輸入に頼るしかなくなってるから、鳥以外の肉は貴重なんだよなぁ。


「いただきます!」

「はい、召し上がれ」


 朝からガッツリめのご飯を食べて、失った体力と気力を回復する。


 屋上での一件以来。

 俺の推し活ライフは中々に充実しているのであった。

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