御伽と大樹のエトランゼ~《竜殺しの反逆者と斜陽の帝国》~

鴉真似

序章

第1話 プロローグ 回帰者と観測者

「ーーーーーーーー」


 蝉の声と共に鳴る葉擦れの音で彼女は目を覚ました。

 自然が奏でる旋律に一点の雑音が交じったからである。


 何の音かと、記憶を巡らせること数秒。

 すると彼女は気づく。人の赤子のであると。


 幾百年ぶりに耳にする人の声に、彼女は静かに動き出した。

 守護者たる彼女が数十年ぶりの動き出したことで、森は騒然とした。


 その一歩は、大地の鼓動が如く。その翼のはためきは、空の息吹が如く。

 ありとあらゆる森の生物は、彼女を敬愛し畏怖し信仰した。


『歓迎しよう。小さな客人よ』


 彼女の一声で、赤子に群がる生物達はひれ伏す。


 赤子は涙を蓄えた双眸で彼女を注視した。寸刻後、先ほどの泣き顔とは打って変わって花のように笑顔を咲かせる。


 届きもしないその小さな前足を彼女へ伸ばす。


『竜は初めてかい? 小さな客人よ』


 彼女も、応じるように爪の先を差し出した。すると、赤子を乗せた籠に刻まれた文字に気づく。


『ロキ……それが君の名かい?』


 赤子は答えない。代わりに、彼女の爪を握り返す。


 かくして、後の英雄――竜殺のロキと天空竜フレイヤは邂逅を果たすのだった。


 『竜殺しの反逆者と斜陽の帝国』――序文



 ◆

 


「っ!? 殿下!! お気付きですか?! 殿下!!」


(五月蝿い。煩わしい)


「あまり騒ぐでない。殿下のお体にさわる。誰か宮廷医官をお呼びしなさい」


(あぁ? 医官? なんでだ? 俺は一体……)


「皇后陛下にも知らせよ。殿下がお目覚めになったと」


(母上? まだご存命なのか? ……あぁ、なるほどそういう)


 動かない体。ぼやける視界。騒ぐ属臣たち。

 デジャブというにはあまりにも見慣れた光景であった。


 (どうやら俺は、)


 ――アルセウス・ソル・へーリオス。


 ソール=アステーラ大帝国の皇太子であり、後に第113代皇帝として即位する男。大陸最強、戦神、天下無双と最強の名を欲しいがままにする男。


 そんな彼も、今はただの5歳の少年に過ぎない。

 だが彼は、自身の辿るはずの未来を知っていた。


 (クソが。これで11回だぞ。どうなってやがんだ)


 ――アルセウス・ソル・へーリオスは回帰者だ。


 回帰者は、死をトリガーに過去に戻ることができる存在。

 この世の摂理から外れたルールの侵犯者――異邦人エトランゼである。


 その回帰に回数制限はなく、回帰前の記憶を保持したまま過去へ戻る。

 まさに理の外にいる存在。


 そして今のアルセウスは、10の死を迎え、11回目の人生を歩み始めようとしていた。


(今度こそ、今度こそはうまくやる。クソ時間が惜しい。今すぐにでも……っは?)


 しかしここで、彼は此度の回帰の異変に気づく。


(な、んで? ありえない。どうして、何故――)


 ――何も思い出せないんだ?


 10回目の己の死因はおろか、それまでの回帰に関する記憶にもポツンと穴が空いたように思い出せない。

 否。穴が空いているのではなく、ような。


「っう゛」


「殿下!? お気を確かに!! 医官はまだか!!」


 覚えているのに思い出せない。

 そのあまりの違和感に、アルセウスの体は拒絶反応を示す。


(10回目で、一体何が起きたんだ?)


 自分が回帰者であること。これが11回目の回帰であること。限定的な情報のみが脳内に留まり、その他の記憶はまるで流水のようでつかみ取ることができない。


「アルセウス殿下!?」


 回帰による魂の消耗と、記憶の液状化による混乱で、アルセウスは再び気を失う。

 彼が意識を失う直前に見たのは――天をも燃やすような業火と己を押し潰そさんとする憎悪の群れ。


『もぅ、やめてくれ。殺してくれ。もぅ、ダメだ……これ以上、ここにいたら、これ以上見せられたらもぅ……オレは――■■を愛せなぃ』



 ◆

 


「――ア、オルビア。聞いているのか?」

「っはぁ!」

「全く、しっかりしなさい。太陽宮はまだ先だ。今から緊張していては体がもたんぞ」

「たい、ようきゅう?」

「まあしかし、皇太子殿下に謁見するのだ。緊張するのも無理はないか」

「…………」


 口周りのひげを小奇麗に整え、モノクルをかけた紳士然とした男が勝手に納得し、ため息をつく。


 しかし、男の対面にすわる少女はそれどころではなかった。


(どういうこと? 太陽宮? 皇太子? なにそれ? 夢?)


 だが、夢にしてはあまりにリアル。そして何より、今この瞬間にも少女の脳内に記憶と情報が流れ込んでいる。


 オルビア・アウローラとしての記憶とそうでない者の記憶が。


(私は、私は――オルビア・アウローラ。アウローラ公爵の末娘にして、皇太子の婚約者候補。倒れた皇太子を見舞うべく、皇族の住まう太陽宮に向かっている)


 戸惑う少女を他所に、脳は記憶を無意識に処理する。その記憶は、不思議にも文章のようにオルビアの脳内へ綴られる。


 それもそのはず。なぜなら――

 

(ってこれ、『竜殺しの反逆者と斜陽の帝国』に登場する悪役令嬢じゃない!?)


 ――オルビア・アウローラは観測者である。

 観測者は、ある世界の未来をかつて読んだ小説として捉えることができる存在。

 アルセウス同様、理から外れた異邦人エトランゼの一人である。


(やっぱ夢? 明晰夢ってやつ? でも……)


 くぐもって聞こえる雑多な声。馬車が揺れるためにこすれて痛む臀部。それらが、全て幻とは思えないからだ。

 

(ううん。それは今関係ない。夢ならそれでもよし。でも、もしこれが現実なら、今の状況はまずいかも。だって今から私は――私を殺す「」の親友・「・ソル・へーリオス」に会うんだから!!)


 意を決したのか。それとも未だ混乱の最中なのか。少女・オルビア・アウローラは勢いよく顔を上げ、父であろう人物にこう言い放つ。


「お父様、この婚約、お断りさせていただきます!!」

「オルビア、お前は何を――ま、待ちなさい!!」


 アウローラ公爵が娘の言葉を飲み込む前にオルビアは馬車の扉を開け、外へ飛び出したのだ。


 驚くあまり勢いよく立ち上がった公爵だが、馬車の天井に頭部をぶつけ蹲るはめとなった。

 周囲の民は何事かと騒ぎ立てるが、オルビアはそれを気にかける余裕はない。


(記憶によるとオルビア・アウローラは今6歳。だとしたら、あの大事件を、未然に防げるかもしれない。あの――)


 ――天空竜フレイヤ討伐事件


 後にアウローラ公爵が惨殺されるきっかけとなった事件であり、『竜殺しの反逆者と斜陽の帝国』における始まりの悲劇でもある。

 先を知るオルビアは、逸る気持ち抑えながらも、公爵邸へと走り続けた。


「あんのお転婆娘がぁ!」


 一方残された公爵は、オルビアの突然の暴挙に青筋を立て、ため息を溢すほかなかった。


 ◆


 ―― これは母たる竜を殺され、人に復讐を誓う少年の物語。


 ―― これは崩れゆく帝国を建て直し、最強へ登りつめる穀潰し皇子の物語。


 ―― これは婚約破棄され、非業の死を遂げる運命を跳ね除ける悪役令嬢の物語。


 これは――物語の結末を書き換えるべく、もがく異邦人エトランゼたちの物語である。




――――――――

あとがき


 『御伽と大樹のエトランゼ』をお読みいただき、ありがとうございます!

 鴉真似あまねです。


 『平凡な設定から非凡な物語を』というコンセプトで執筆させていただきましたが、思いの外難しくまとめるのに一苦労しました。

 しかし、その分読み応えのある作品となっているはずです!


「面白そう!」「続きが気になる!」と思ってくださった方は、☆☆☆やフォローをしていただけると嬉しいです!


 本日(2024/03/24)はプロローグの他に後三話ほど投稿いたします。

 是非フォローしてお待ちください!

 以上、作者鴉真似でした!



 PS 近況ノートに本作のを載せておきます!! よろしければ是非!


 

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