ずっと言いたかった

琴吹ツカサ

起・プロローグ

 僕は西宮春瀬にしみやはるせ。ただの高校二年生だ。

 そう、ただの物語の主人公。

 

 ああ最初に言うが、この物語はバッドエンドになる。


 僕は、いくつかの困難を乗り越えて成長するだろう。

 でも、失ったものは二度と戻ったりなんかしない。悲しみも傷も癒えずに抱えたままだ。


 僕は、愛する人の亡骸を抱きながら泣く。胸の傷を抑えて、冷たい雨を浴びながら。


 あまりにも無慈悲で残酷な現実に打ちひしがれ、自分の心を押し殺しながら生きていくしか無いと悟る。


 誰も救われないし、何一つ面白くもなんともない、つまらない物語。


 そして、残念なことに僕はその物語の主人公で、様々な悲しい出来事の中心に常に居なければならならい。


 そう思ったとき、僕はどうしようもなく死にたくなった。



 それでも僕は、僕らの人生を歩みたいと願ったんだ。

 


 さて、今から君が読むこの物語は、よくある不幸話。

 ではなく、そんな物語の中に住む一人の僕の人生だ。



 僕らが物語の檻に閉じ込められていると知ったのは、6月24日。その日は、雨が降っていた。




「私、春瀬くんのこと好きなの」


 呟くように、彼女が突然の告白をした。


「え...」


 雨音が鳴り響く学校の廊下。湿気と冷気が漂う中、僕達は二人きりで、前日に行われた体育祭の展示物の片付けをしていた。


 おどおどと彼女の方を見ると、顔を赤くして俯いていた。いつものクールな彼女からは想像できない表情に少し動揺してしまい、表情筋がクッと強張る。


「それ、ほんとう?」


 少しの沈黙の後、固く閉じていた口を急かすようにこじ開ける。

 彼女は喋らず恥ずかしそうにただコクっと頷いた。


 そうなったらもう返事は決まっている。


 でも、あまりに急な事で緊張したのか、上手く言葉が出せない。

 口をもごもごさせているうちに、どんどん時間が経っていく。


 そっと彼女の顔を見ると、泣きそうな目で口をへの字に曲げていた。


 きっと彼女も勇気を振り絞って告白したはずなのに、何とも情けない。


 一度かるく深呼吸して、緊張をほぐす。

 

 そして、彼女の目を見てはっきりと言った。

 

「僕も、沙奈さなさんのこと好きです」


 言葉を吐くのと同時に、胸の奥から鉛のように重い何かが溢れてくる。


 僕の言葉を聞いた瞬間、彼女はとても嬉しそうに顔を緩ませて、僕に抱きついた。


 制服ごしから彼女のボディーラインが分かる。ちょうど僕の胸あたりにある彼女の頭からシャンプーの甘い香りがしていて、そっと体を抱けばあたたかい体温を感じる。


「好き」


「...好き」


 脳内から大量の快楽物質が溢れ出す。

 身体が火照り、心臓が暴れる。


「私、とっても嬉しい。ずっと春瀬くんとこうしたかった。大好き」


「僕も、嬉しい...。...大好き」


 でも、僕は...。

 いや、このままでいい。

 突然のことで困惑しているだけだ。じゃないとそんな訳がない。


 僕たちはしばらくそのまま抱き合っていた。

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